第17話 休学し旅行へ①
バックは荷造りしていた。今日から二ヶ月間旅行だ。最後の二ヶ月間を乗り越えるためにエラとウェイとの旅行だ。
勿論半蝿だけでなく、死蝿が出た場合は一旦中止して対応、対応が終わったら再開だ。
それらに対応できるのがバックしかいないため、駆け回ることにはなる。だから感情を低下させないように努めなければならない。
だからと言って無理に抑え込めば逆効果なのはわかっている。
故に存分に楽しむこと、それが肝要だ。バックは楽しみにして鞄に物を詰めていく。
何なら鼻歌も歌っている。
◆
バックの家に集合したエラはウェイの荷物の少なさに怪訝な顔をした。
「ウェイ、荷物少なすぎない?」
ウエストポーチ一つのウェイに、旅行鞄を引き摺るエラは尋ねたが、ウェイはため息をついて言った。
「ワタクシいくらでも上に補充要請できますのよ? 身軽であることは殺し屋の必須条件ですわ」
護衛であることを忘れてはいけない、武器も最小限に抑えて、己の技のみで守りきる自信のあるウェイ。
とはいえ流石に大勢の殺し屋からは守りきれない。銃撃戦になれば弾数の差で負ける。
そのためバレない事が必須条件だ。あと二ヶ月乗り切ってしまえば、殺し屋たちに、バックを殺すメリットがなくなる。
バックが家から出てきた。旅行鞄を引き摺りながらウェイに尋ねる。
「車で行くの?」
家の前にはワゴンが停まっていた。運転手はいつもの女性だ。
「乗ってくださいませ」
車のトランクに神薬の植物と機械、そして鞄を乗せ、後ろの席に三人乗り込む。
「あの、お名前教えて貰ってもよろしいですか?」
バックは女性に名を尋ねた。
「……シャル=モースと言います」
「シャルさん、いつもありがとう」
シャルは車を発進させる。そうしてこう言った。
「バックさん、あなたを守っているわけではないの」
その言葉にエラは怒る。
「ちょっと! 失礼じゃないの? それにそんな事言ってバックの感情が低下したら……」
「ううん、違うのよ、エラ。シャルさんありがとう」
バックを守っているわけではない、国を守っている。それを聞けただけで気が楽になる。
バックは守られる立場にないはずの人間、だからこそ自分ではなく国を守っていると言うシャルの『心遣い』に感謝したのだ。
そしてシャルを信頼したバックはシャルに一つお願いした。
「もし良かったら、シャルさんとも旅行したい」
「……車の物が盗まれたら困りますので、私は」
「管理は他の者に任せますわ。シャルも同行してくだいませ」
ウェイの言葉に驚いたシャルだが、頷いて了承した。
「で、どこに行くの?」
「どこか希望ありませんの?」
「うーん、遊園地、水族館は行ったから、動物園とか?」
バックが悩んでいると、エラが言う。
「国外の動物園に凄いところがあるそうだよ!」
その言葉に困った顔をしたバック。
「私はローディア王国から出られないんだ……」
あっ、と口を噤むエラ。そしてバックが言った。
「シャルさん、ごめんなさい、半蝿が出た」
「ごめん、バック……」
「いいの、エラ、この国の動物園は面白くないの?」
半蝿を処理しに病院に向かう道で、バックがエラに尋ねる。
「そんな事ないわ! きっと楽しいわよ! 行こう!」
「まずは半蝿を処理してからですわね」
ガクりと肩を落とすエラに笑いかけるバック。病院に着くと半蝿を見つけ、圧縮して潰す。シャルが薬を配って飲ませていき、颯爽と去っていく。
車に戻った時、エラが疑問に思った。
「どうしてシャルさんは、何も疑われずに薬を飲ませられるの?」
「こういう物をつけているからです」
それはバッチだった。政府公認許可証という証を持つ国家専門係員だそうだ。だから彼女の行動は病院内で全て許される。
「ちなみにどう言って患者に飲ませているんですか? 薬を嫌う人もいますよね?」
「寿命が伸びる薬ですよと言っています。嘘は言っていません」
半分になった寿命を元に戻す薬。だから寿命が伸びる薬だという事だ。それでも断る人には無理矢理飲ませているらしい。
訴えられても困らない。一時的な処置だ。
「結構めちゃくちゃなんですね」
「それが許されるのが国家専門係員なのですわ」
ウェイが口を挟む。そしてウェイはシャルに動物園のオススメを聞いた。
「無難にローディア動物園でいいんじゃないですか?」
苦笑するシャル。エラはウェイを突ついた。
「というかウェイも知らないのね」
「当然ですわ。ワタクシ殺し屋ですもの。情報としてどういう規模かなどは把握していましても、人気かどうかなんて頭に入れませんわ」
皆の様子が楽しくて笑ったバック。神薬の植物も伸びてくる。
「車の中が植物園になりますわ」
「あ、植物園もいいね、行こうよ!」
「ローディア植物園も視野に入れましょうか」
そんな会話が、今自分が体験しているのが嬉しくて、バックはウェイに抱きついた。
「どうしましたの? バック」
「ウェイが護衛をしてくれるようになってから色んな楽しみを得たよ。ありがとう」
ウェイは微笑みバックの頭を撫でる。
「ちょっと、バック! 私だってあなたの役に立ってるはずよ!」
バックとウェイは笑って、頷いた。そしてバックはエラにも抱きついた。
「ありがとう、エラ。本当に感謝してる」
バックは一筋の涙を人知れず流した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます