第6話 逆上
「残念だが、俺達は特務実行にあたり『多少』の違法行為は罪とされないんだよ。だから、泣きついたって駄目だぜ」
「そうか、それは残念だ」
ため息を吐いて頭を振ると、モフィは気に入らなかったのか舌打ちをする。
「すました顔しやがって。まぁいい、俺の体躯と逸物で泣き叫ばなかった女はいねぇ。それに、お前は記念すべき千人目だ。いつもより、楽しませてもらうぜ」
「ふむ。ならば記念すべき千人目の私は、犠牲者九百九十九人の恨みを晴らすとしよう」
「あぁ?」
モフィが首を傾げた次の瞬間、トマトを踏み潰したような音が小さく鳴った。
「……⁉」
体を一瞬硬直させたモフィは、「こ、この、やろ……」と己の股を両手で抑えながら前のめりに倒れ、体が小刻みに痙攣する。
顔を見やれば目を剥いており、口からは泡が出ているようだ。
元男としては同情するが、言動を鑑みれば情状酌量の余地はあるまい。
手に残る感触は、些か不快だがな。
「き、貴様。モフィに何をした⁉」
ザクスと隊員達が血相を変え、一斉に自動魔小銃の銃口をこちらに向けてくる。
私はにやりと口元を歪め、これ見よがし左手を閉じては開いた。
「男性諸君は知っているかね。君達の股にぶら下がっている粗末な二つの玉は、50kgf【50キログラムフォース】。つまり、リンゴ一個握り潰せる力さえあれば、意外と簡単に潰せるんだよ」
隊員達が真っ青となるが、ザクスだけは表情を変えずに舌打ちした。
「あの馬鹿め、油断しやがって。お前達、かまわん射て」
連続した銃声が一斉に鳴り始めるが、同時に鉄と鉄が打つかり合うような甲高い音が轟いた。
私が自身の周囲に結界を発動したのだ。
この程度の威力であれば、なんてことはない。
「ば、馬鹿な⁉ いくら薬莢式で威力は低いとはいえ、これだけの魔弾を防ぐ結界だと」
ザクス達は銃を下げ、我が目を疑うように目を見開いて唖然としている。
私は意に介さず、自分の体に反応、魔核の動き、魔法発動の感覚を研ぎ澄ませていた。
老人だったとき比べ、段違いの攻め威力と魔力に溢れている。
この体、出会った当時の師匠を凌駕するぐらいの力を秘めていそうだ。
しかし、どんな力も調整【コントロール】できなければ意味は無い。
その時、ふと周囲に戦く兵士達の顔が目に入った。
「ふむ、この体を試すには丁度良いか。諸君、悪いが私の実戦練習【チュートリアル】に付き合ってもらうよ」
「実戦練習、だと。ふざけやがって。お前達、出し惜しみするな。銃を撃ちつつ、手榴弾を使え」
ザクスの声が轟くと、再び銃声が一斉に鳴り始める。
だが、魔弾は結界に全て無効化されて私に届いていない。
すると、ザクスを含めた数人の隊員が私に向かって手榴弾を一斉に放り投げてきた。
これもまた、私と師匠が五十年前に開発した掘削用の魔爆弾を改良して作られたものだろう。
私の目の前に投げられた手榴弾は結界に触れると同時に爆発。
周囲に爆音が轟いて爆煙が巻き上がった。
「や、やったか」
ザクスが訝しむように呟くと、傍にいた隊員達が「へへ」と笑い出す。
「所詮、合計段位【レベル】八です。あれだけの手榴弾には耐えられません」
「えぇ、モフィ副隊長は油断しただけですよ」
隊員達は気を緩めるが、ザクスの表情は晴れないようだ。
周囲は爆煙に包まれているが、私は外の様子が気配から手に取るようにわかる。
結界の発動はこれぐらいで良いだろう。
私は全身に魔力を流して身体能力を高めると、位置を把握している一人の隊員目掛けて跳躍した。
「な……⁉」
隊員達は爆煙の中から現れた私を見て目を丸くする。
「さて、次は増強魔法に付き合ってもらうぞ」
私は左手を拳にし、隊員一人の懐に入り込んで鳩尾目掛けて繰り出した。
「た、たかが、二段の拳なぞ恐れるか」
隊員は咄嗟に結界を展開したが、私の拳はその結界をいともたやすく貫通する。
というか、貫通しすぎて隊員の背中まで拳が突き抜けてしまった。
「がぁ……」
「これは、もう少し力加減が必要だな」
私が拳を抜き去ると、隊員は力なくその場に倒れて込んだ。
その様を見て、ザクスを含めた隊員達の顔に戦慄が走る。
「ザクス隊長。奴は、奴の合計段位は八ではないんですか」
「段位【レベル】はどうあれ、超越者【アンリミテッド】の後継者だ。油断するな。銃撃、増強、射出の全てを使って倒すぞ」
「は、はい」
ザクスが檄を飛ばすと、再び兵士達が私に向かって銃撃を再び開始する。
数名の隊員は射出魔法を発動するが、私の結界は破れない。
まぁ、合計段位三十五が平均であればこんなものだろう。
私は増強魔法の力加減を確かめるべく、次々と襲いくる隊員達の懐に入り込んで拳や蹴りを繰り出していく。
最初は拳だったから、二人目は横殴りに蹴ってみたところ隊員の体が真っ二つになってしまった。
三人目は力を弱めて腹パンしたつもりが、逆に強すぎて隊員の背中から臓器が全部飛び出てしまう。
「君達、思ったより弱いな」
「ふ、ふざけやがって」
ザクスが顔を顰めたその時、「許さねぇ……」と低い声を唸らせて大型魔銃器を手にした男が現れた。
青筋を走らせ、血走った目をしたモフィ・マッケンジーである。
「よくも、よくも、やりやがったな。てめぇは、てめぇだけは、ぜってぇ許さねぇぞ」
「ほう、その大砲で何をするつもりかな」
「おめぇを消し飛ばすんだよ」
そう叫ぶと、モフィは大砲のような銃口をこちらに向けてきた。
「……⁉ モフィ、やめろ。それは注入式対魔戦車砲だ。お前の魔力をつぎ込んだら、このあたり一帯が吹き飛ぶぞ」
ザクスが咄嗟に叫んだ。
注入式対魔戦車砲【ちゅうにゅうしきたいませんしゃほう】とは、この世界に存在する魔戦車という兵器。
地球で言うところの戦車を『人』でも破壊できるように開発された銃器だ。
威力を限界まで上げるため、魔力注入式が採用されており、術者の魔力量次第では相当な威力を発揮する。
溜め時間は掛かるが、使い方次第で決戦兵器ともなり得るだろう。
「うるせぇ、ザクス。てめぇらは、結界でも張っとけ」
「くそ、モフィの奴。切れてやがる。全員、結界を張って衝撃に備えろ」
隊員達が慌てて結界を張って備えると、モフィはにやりと口元を歪めた。
「これを俺が使えば超越者だろうが、なんだろうが消し炭にできるぜ」
「面白い、やってみたまえ」
モフィは言うだけあって、此処に居る彼等の中で魔力量だけは頭一つ飛び抜けている。
そして、彼等は帝国でも有数の精鋭部隊。
彼の対魔戦車砲に魔力を溜めて放つ一撃こそ、現帝国で最大威力の攻撃に近いということになる。
左手で『こいよ』と挑発すると、モフィが歯ぎしりした。
「どこまでも舐めやがって。血肉も残さず消え失せろ」
彼が叫ぶと対魔戦車砲の砲口から光線が解き放たれ、私の結界と衝突して大爆発が起きる。
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