ランクド・バトラーズ

お汁粉サイダー

第1話レア度「N」アンナ

 「―――あとはここのレイアウトを消して、背景の配色バランスを整えてっと……よし。これで完成」


―――ふう。独り言を呟きながらの作業は捗る。これで今月の依頼された作品は全てだ。


 18歳で本格的にイラストレーターとしての仕事を始めてはや4年。僕は今や日本を代表する絵描きになった。Z(旧ツッタカター)のフォロワー数も最近300万人を超し、それに比例するが如く貰えるお金も並のサラリーマン以上になった。その証拠に今暮らしている家は都内庭付きの一軒家である。

生活に余裕があるから、体型や清潔感についての気配りも人一倍にできる。最近は筋トレも始めていわゆる細マッチョへの道を歩んでいる。


 しかし、便利な世の中になったものだ。僕が小学生だった頃は液晶タブレットという重い板を使って絵を描かなくてはならなかったが、今はこの腕輪状の機械「空間マルチデバイス」のおかげでいつでもどこでも絵が描ける。

それもそれで便利だが、それよりもっと良い物がこの世の中にはある。

それは、僕の部屋の目の前にまで近付いていた。


「―――こんこんこーん。主様ー! 」


「アンナ、いつも言ってるだろ。ノックと同時に入ったら意味ないって」


呆れた感じで言ったが、内心満更でもない。

彼女の名前は「アンナ・メイドゥール」。

僕の専属メイドだ。


 近未来化が進んだ現代、ゲーム会社「ニューゲート」は、20周年を迎えた大人気ゲーム「バトル・バトラーズ」のキャラクターを現代に召喚するプロジェクトを立ち上げた。


バトル・バトラーズ通称「バトバト」は、戦闘能力に長けた超人バトラー、メイドたちを育ててクエストをクリアしていくスマホ向けゲームだ。


結局そのプロジェクトは成功し、申請して多額の金を払えば誰でもそのゲームキャラをバトラーとして迎え入れることができるようになった。ただ、迎え入れられるキャラは完全ランダムで1回きり。いわゆるリセマラはできなくなっている。


それで僕が迎え入れたのがこのアンナである。


「主様お仕事お疲れ様です! 紅茶とお砂糖をお持ちしたです!」


アンナが言うと、僕の座る席の上にそれらをトレーごと置いた。


「ありがと。アンナ、仕事終わりのいつものアレ、頼んでいいかな」


「かりこまりましたです! 」


いつものアレ…… それは電流マッサージ。

雷属性のアンナは体から電気を放出することができる。それを僕の肩に微弱にして流して貰うのだ。これのおかげで、毎日の健康が保たれている。アンナには感謝しかない。


 これも、バトラー社会の面白いところだと思う。召喚されたバトラーは皆ゲーム内の力を引き継いでいる。属性、スキル、レア度、ステータス等…… ゲームからそのまま引っ張り出した感覚に近い。

属性は5属性で、炎、水、雷、風、土。

レア度は下からN、R、SR、SSR、UR。


 ちなみに、アンナは雷属性でレア度は最低の「N」。

ソシャゲ時代のバトバトでガチャを引く度に幾度となく現れるアンナ・メイドゥールというキャラに殺意を覚えたことは何度もあった。

しかし今は僕の専属メイド。

空色ショートカットでつぶらな瞳。語尾に必ず「です」をつける茶目っ気がある。ゲームの中のキャラクターだったとはいえ近くで見るとおかしくなるほど可愛い。


設定上は18歳で、メイド服に袖を通しているが、胸周りのサイズが合ってないのではないかと時々疑ってしまう。


家事も全般完璧で、仕事をサボったことは今までで一度もない。それに、主である僕を第一に考えてくれる。

そんな彼女が可愛くて仕方がなくなってしまっのだ。



 電流マッサージ中暇なので、僕は空間マルチデバイスで空間をスワイプし、テレビをつけた。

そこでは昼下がりのニュース番組がやっていて、ちょうどニュースが切り替わった。


バトラーズ・チャンピオン・シップの予選大会のエントリー開始か。僕らには無縁の話だな。

そんなことよりお腹が空いた。僕は紅茶をすすってから尋ねる。


「アンナ、昼ごはんって作ってくれたりしてるかな」


「まだ作ってないです。急いでお作りしますですか? 」


「いや、今日はいい天気だから、一緒にどこか食べに行こうか」


「いいんですか? やったーです! 嬉しいですー! 」


たまには外食もアリだろう。こうやってアンナも喜んでくれてるし。

紅茶を飲み終えマルチデバイスを消した僕はトレーをアンナに手渡し、せかせかと出かける準備をする。


アンナはいついかなる時もメイド服を身につける。だから出かける準備がとてつもなく早い。

もう玄関で靴を履いて待っている。


「主様ー!早くしてくださいですー! 」


そんなに急かさなくてもご飯は逃げないよ……本当にアンナは食べるのが好きだなー……


準備完了。期待で腕をブンブン振るアンナに急かされつつも、玄関を開ける。


「アンナ、何食べたい?」


「えーとですね…… あ、オムライスがいいです」


了解。じゃあ商店街行こう。



***



「主様! オムライスとっても美味しかったですね! 」


「あぁ。そうだな……」


―――まさか、オムライスを三皿もおかわりするとは……末恐ろしい……


僕はすっからかんになった財布の黒一色を見つめる。周りから見たらショックを受けてる時にでるあの三本線が可視化されてるんだろうな。


「主様、ありがとうです! 」


改めて感謝を伝えるアンナ。その笑顔が眩しく、僕の心を照らした。

もう全然許す。金なんてどうせまた引出せばいいんだ。にしてもアンナ、君は可愛いすぎる。


 その時だった。路地裏から男性の切羽詰まった叫び声が聞こえた。


「主様」


アンナはそこへ行くつもりだ。僕に許可を求めている。答えはもちろんOK。僕は昔から正義感の強い方だったのかもしれない。


僕とアンナは路地裏部へ駆けた。

そこで見たのは、タンクトップ一枚の若い金髪の男性と、その隣にいるタキシード姿の男性。彼らの目の前には、腰を抜かした小太りの男性。これは多分「オヤジ狩り」だろう。


「遊助様」


タキシード男が僕らを見る。


「ちっ、てめえが変な声あげっから気づかれちまったじゃねぇか」


あのタキシード男、遊助とかいうやつのバトラーだな。えっと名前は確か「ジン」だったか?


「オヤジ狩りなんて趣味の悪い。通報するぞ」


軽く脅す。しかしそれで食い下がることはなさそうだ。


「遊助様。ここはこのジンが、あの邪魔者共を排除致します」


そう来ると思った。


「アンナ、相手できるか? 」


「はいです。主様」


「相手はSRだ。くれぐれも気をつけて」


 アンナのレア度はN。それに比べて相手のジンはSR。遊助とやらは油断するぞ。


―――アンナが普通のNじゃないってところを存分に味わうんだな。

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