戦国武家かと思ったら異世界!?この修羅の国でどう生き抜けと!?

モロモロ

終わりと始まり

寒い。

やけに寒い。

俺は大阪の路地裏にうずくまり、震えながら咳を繰り返していた。

何日、いや何週間もまともに食ってない。

顔に触れる風が痛い。

これは、もうすぐ終わるってことなんだろうな……。


「ここで……終わるのか、俺……」


自嘲気味に呟いた。

俺、坂本大輔。

かつてはエリート社員と呼ばれていた男が、今はただの路上生活者だ。

誰も見向きもしない。

誰も気にかけない。

こんなところで朽ち果てて、誰かが発見する頃にはもう、ただの死体か。


俺は、薄れゆく意識の中で、過去の自分を振り返り始めた。




「努力すれば報われる、か……」


子供の頃の俺は、そう信じていた。

俺は普通の家庭に生まれ、特別な才能があるわけじゃなかったが、努力を惜しまなかった。

九州の田舎町で育ち、学校では成績も良くて、陸上部にも打ち込んでいた。

大学にも進学して、周りからは「お前はすごいな」と言われることもあった。

保険会社に就職が決まった時も、両親は心から喜んでくれた。


だけど、現実は違った。

社会に出て、俺はその厳しさを知った。

ノルマ、転勤、上司の叱責。

どれだけ成果を出しても「もっとやれ」と言われ続けた。

仕事に追われ、家族や友人と過ごす時間はどんどん減っていった。


「もっとやらなきゃ……俺が頑張らなきゃ……」


自分に言い聞かせる日々。

でも、いくら努力しても空回りするばかりだった。

転勤で恋人とも遠距離になり、結局別れた。

家族とも疎遠になった。

友人も、気づいたらいなくなっていた。


「俺、何やってたんだろうな……」


保険会社が合併した時、俺は僻地に飛ばされた。

仕事の閉職。

すべてが壊れていく感覚だった。

九州に戻る決断をしたけど、そこにはもう俺の居場所なんてなかった。

地元のコミュニティは、俺を「よそ者」扱いするばかりで、鬱病気味だった心を田舎の農業に触れて心を癒そうとしたが、村八分のような扱いを受け、何もかもがうまくいかない。


弱った心に優しい愛の手だと思った。

そして、詐欺にも引っかかった。

とんでもない額の借金になった。

親族にまで迷惑をかけ、俺は九州から逃げ出し、大阪へ向かった。

大阪城公園で浮浪者として生きる日々……何年も、ただ、さまようだけの毎日。


「これが、俺の人生か……」


風邪をこじらせ、体はどんどん動かなくなる。

視界がぼやけ、思考も鈍くなってきた。

俺はうずくまったまま、動けなくなっていた。


「……誰か、助けてくれ……」


声を出そうとしても、喉が乾いてうまく声が出ない。

もう、終わる。

俺の人生はここで終わるんだ。

これまでの努力も、時間も、全てが無駄だった。

誰にも認められず、誰にも愛されず、ただ一人、寒さと空腹の中で……。



突然、目の前にまばゆい光が差し込んできた。

目を開けることすらできない。

温かい、柔らかな光が俺を包み込んでいく。


「これが……死ぬってことか……」


ゆっくりと意識が遠のいていく。

身も心も軽くなり、まるで空に浮かんでいくような感覚だった。

すべてが白く、柔らかく消えていく。



だが、次に目を覚ました時、俺は見知らぬ場所にいた。


「……何だ、ここは……?」


視界がぼんやりしている。

目の前にあるのは、どこか見覚えのあるような、しかし異様な天井だった。

体を動かそうとしても、まるで鉛のように重く、何も動かせない。

指一本、動かすことができない。


「なんだ、これ……?」


声を出そうとしても、うまく喉が動かない。

口を開けた瞬間、出てきたのは、赤ん坊のようなうめき声だった。


「……なんで、俺……こんな……」


その時、気づいた。

俺の体は、赤ん坊の体になっている。

小さな手、動かぬ足、そして言葉も発せない。

俺は、赤ん坊として生まれ変わったのだ。


「嘘だろ……?」


さらに驚いたのは、目の前に現れた存在だった。

俺を覆うように近づいてくる巨大な何か……母親だろうか。

ふくよかな顔立ち、黒く塗られた歯——おは黒、そして眉は引き眉という古風な化粧。

信じられないほど巨大な存在が、俺の小さな体を優しく抱き上げる。


「でかい……」


この母親の姿に、俺は心の底から恐怖を感じた。

見上げるほどの巨体。

俺が赤子だから大きく感じるのか?

そして、周囲に広がる畳の部屋。

掛け軸に描かれた文字は、漢字のようにも見えるが、どこか違う。

現代日本のどこにもこんな光景は存在しない。


「ここは……どこなんだ……」


この世界は、かつて俺が生きていた日本とは全く違う。


心の中で絶望と混乱が押し寄せる。

自分が生まれ変わった場所、巨大な母親、動かない体、そして声を上げられない自分。

全てが制御不能だ。

俺は、その不自由さに耐えきれず、気づいたら涙を流していた。


「うわぁぁぁああああ!」


気がつけば、赤ん坊のように泣き叫んでいた。

もう、自分でも止められない。

身体が勝手に反応し、感情が爆発していた。

心の中では叫んでいる。

「ここはどこなんだ?」と問いかけているのに、体はただ泣くばかりだ。

完全に自分の制御を失っていた。

自由に動けない体、勝手に流れる涙、そして声にならない叫び——すべてが俺を苦しめた。


「ここは、いったいどこなんだ……?」


全く理解できないまま、俺はひたすらに泣き続けた。そして、疲れ果てた体はいつしか眠りにつき、再び目を覚ますこともなかった。



それから、時が過ぎ、少しずつ俺はこの新しい体に慣れていった。

赤ん坊としての日々は、ひどく不自由だった。

自分の意志では何もできず、動かない体、話せない口、それに加えて、母親の巨体は、日に日に俺に恐怖を与えていた。


「これは……どんな世界なんだ?」


そんな疑問を抱きながらも、俺の体は成長し、ようやく自分の手足を少しずつ動かせるようになっていった。

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