巡査部長・三沢の日常
無名
戦場カメラマン
これまでのあらすじ
定期異動でとある地方署勤務を命じられた僕。美しい山々、広大で神秘的な樹海。そして何よりも、希望どおりの生活安全課勤務。今思えば、当時の僕は調子に乗っていた。そんなある日、僕は同じ課の田代巡査部長、中島巡査長とともに生安課長谷元から呼び出されてしまう。浮ついた心のまま課長の前に歩み出た僕に、課長が命じた任務とは…。
「とりあえず写真をいっぱい撮ってくれればいい。それだけで、いいから」
刑事課長の言葉を思い出しながら、僕は一心不乱にシャッターを切った。
「三沢部長」
右肩を揺すられる。ファインダーから目を離し、人差し指で帽子のつばを持ち上げながら右後方に目を向け、中島の指先を辿る。名前は分からないが、戦車みたいな車両が三台連なって走ってきていて、僕はそちらに向けてカメラを構え直した。
「『部長』はやめて」
片目を瞑り、ピントを引き絞りながら、声も絞る。
「すみません、つい」
中島の声を、車体の軋む音と舞い上がる砂埃が遮る。僕は首に巻いたカーキ色のストールを、左手で口元まで引き上げた。
「刑事課の応援を頼みたい」
谷元課長から言われ、僕らに断るという選択肢があるはずもなく、了解と短く応えた。
「詳細は、刑事課長から説明あるらしいからさ」
ファインダー越しに、車両の上に乗っている男を確認する。各車両に二人ずつ。先頭の車両に、いや車両の上の男にピントを合わせる。男の一人は肩口から上しか見えていないし、もう一人も手にした旗が身体にまとわりついている。砲塔が回転する。旗の間から、男の白い脇腹が覗く。砲塔が回転する。男の下半身は、車両の中に収まっている。砲塔が回転する。去っていく車両を見送ることもなく、整列部隊に視線を転じる。
「この近くの駐屯地の都市伝説を聞いたことがあるでしょう」
刑事課長の重厚な声が、会議室に響く。谷元課長から刑事課の応援を命じられた一週間後、僕たちは会議室に集められ、そこで初めて、本部が入っていることを知った。
男たちは、堂々と脚を広げて立ち、両手を背中に回している。腰回りの装備にフォーカスする。もう少し大きく写したい。右後方を振り返る。中島はサングラスをかけていて、でも、確かに、サングラス越しに目が合う。僕らは同時に立ち上がった。
「ああ、あの駐屯地があるとこ」
僕の異動先を知った後輩の本村は、開口一番にそう言った。
「有名なのか?」
「都市伝説があって」
「都市伝説」
本村が声をひそめたので、僕の声も小さくなった。
「着てないらしいですよ」
足を止め、カメラを構え直す。人差し指に力を込めると、カメラの筐体が手の中で震える。液晶モニターに写った写真を確認して初めて、僕が撮ろうとしていた男性に見覚えがあると気付いた。
「数年前から、その都市伝説に似通った通報が相次ぎました。そこで我々は、内偵捜査を行いました。詳細は、係長から」
通報があったからって、都市伝説を真に受けるなんて。僕は少々呆れながら、立ち上がった強行係長に目を向けた。
「内偵捜査の結果、単なる都市伝説ではなく、事実であることが分かりました」
田代部長が僕を振り返る。片方の口角が持ち上がっている。
「来週、この駐屯地で記念行事というのが行われます。皆様には、その行事での写真撮影をお願いしたい」
いったい、どこで会ったのだっけ。僕は頭の中を掻き回す。残念ながらくだんの男性は、ヒントになるものを何も身に着けていない。
「この人数で、写真撮影?」
誰かが大きな声でひとりごつ。会議室に集まった応援者は、ざっと数えても二十人を優に超えている。
「それだけ被疑者が多いということです。御理解ください」
「自衛隊にも捜査機関がありますよね?」
強行係長は沈黙で応えた。そのとき、僕の脳裏にある場面が写真のように浮かび上がった。あのとき僕は不器用にポンポンを振りながら、警察官以外の受験者には劣るまいと躍起になっていた。あれから何年経っただろうか。僕が鑑識を目指すことはついぞなかった。あのとき自衛隊から検定を受けに来ていた彼は……。
男性が回れ右し、こちらに背を向ける。僕の方を向いた2つの山の間に、うさぎのしっぽのようなものが見えて、僕は思わず目を擦った。
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