第32話 人間爆弾のダーク(2)

 『呪いの四将軍カースド・フォー』の最後の一人、『人間爆弾』ダークの襲撃により、大聖堂は完全に占拠されていた。仮面の聖女アンも人質にらえられている。

 なおかつ大聖堂内の女性全員が人間爆弾に変えられている上に、騎士も女性たちもダークに洗脳されてしまっている。シーザーは彼らにはばまれ、アンに近づくことさえできない。


 さらに大聖堂の外からも戦いの喧騒が聞こえてきた。きっと大聖堂の外にもダークに洗脳された人々がおり、異変に気づいた衛兵たちの侵入を阻んでいるのだろう。けれど、もしこの大聖堂に助けに入ってくる者がいたとしても、ダークの美貌の呪いによって次々ととりこにされてしまうのだ。

 いつもなら頼みの綱となるブラウンとジャンヌは、負傷して領主の屋敷で治療中であり、この唐突な襲撃に助けに来てくれることはない。


 シーザーはたった独りで、このダークを倒すしかないのだ。手にするのは『呪いの四将軍カースド・フォー』たちから手に入れた二振ふたふりの魔剣のみ。

 万に一つも勝てる可能性など無い。だが、それでも逃げるわけにはいかないのだ。たとえ命に替えても、せめてアンだけは救わなくてはとシーザーは覚悟を決める。だが、アンもそれを感じてシーザーに向かって震える声で叫ぶのだった。


「シーザー、逃げて! このまま戦ったとしても勝機はないわ! いったん退いて、ジャンヌたちと一緒に戦うのよ」


「だがそれでは君は助からない……逃げるわけにはいかないんだ」


「どちらにしろ、もう私は助からないわ……。既に爆弾にされてるのよ。もう覚悟は決まっているわ。だからシーザーには無駄死にしてほしくない……」


 アンはシーザーに罪悪感を与えないようにするためか、震える身体を必死で押さえ込み、精一杯微笑んだ。その健気な姿を見るだけで、シーザーは胸が苦しく締め付けられるのだった。彼は二振りの魔剣を抜刀すると仁王立ちで構えた。


「大丈夫、必ず救ってみせる、この命に替えても……!」


「では見せてもらおう。せいぜい苦しんで死んでいくのだな」


 ダークはそう言うと、洗脳した騎士と女戦士たちをシーザーにけしかけた。数人の剣が一斉にシーザーに襲いかかるが、もちろん勇者シーザーの剣技に敵うはずもない。シーザーは振りかざされた剣を軽々といなすと、騎士たちからまとめて剣を弾き飛ばす。金属音を響かせて、数多の剣が床に転がる。


 だが無手むてとなっても、騎士と女戦士たちは攻撃の手を緩めなかった。洗脳され操られている彼らは、ひるむことなくシーザーにつかみかかり引きずり倒そうとする。流石に洗脳された人々を剣で斬り倒すわけにもいかず、シーザーはそれを力で押し返し、足技などを器用に使って転ばし倒すのだった。


 所詮しょせん一介の騎士や女戦士では、シーザーの敵にはならないことをダークもわかっているはずだった。

彼はその様子を見てもてあそんでいるだけなのだ。

 その証拠にダークはにやりと笑うと、一人の女性をシーザーに向かって突っ込ませた。戦士にまぎれて気が付かなかったが、どう見ても剣を扱ったことが無いような細腕の貴婦人である。彼女はよろよろと剣を振りかぶって襲いかかってくるが、もちろんシーザーに刃が届くはずもない。


 しかし近づいてきた彼女は頭からどす黒いオーラを放ち始めると、剣を取り落とし頭を抱え悲鳴を上げながら爆発したのだ。

 直前でその爆発に気づいたシーザーは、爆発に巻き込まれるのも恐れずに、彼女を救おうと解呪の魔剣で斬りつけようとするのだが、間に合わない。もろに爆発を食らったシーザーはそのとてつもない爆風と破壊の圧力で吹き飛ばされて、身廊しんろうの柱に背中から叩きつけられた。

 ごぼっと口から血が吹き出し、大聖堂の床を赤く染めるが、シーザーは意識を失い倒れそうになるのをこらえて、二刀の剣を杖代わりにして再び立ち上がる。


「シーザー、もう逃げて! その傷ではもう戦えないわ……!」


「アン……大丈夫だ……。必ず、必ず君を救ってみせる」


 爆発に驚き一瞬薄目を開けたアンは、血だらけで今にも倒れそうなシーザーを見ると、悲鳴のような声を上げ彼を制止しようとする。だがシーザーが退くはずもなかった。人間爆弾一発でシーザーは身体中傷だらけでボロボロになっていたが、もはや気力だけで立っていた。


 ダークはそのシーザーの姿を見て感心したようだ。


「今死んだ女はイゾルデの死体の顔を見にきて、嘲笑していたクズ女の一人だ。お前が助けるに値しない人間だ。いや、自分のことを人間だと信じ込んでいる妄想の糞豚なのだ。

 そんなものを無理矢理助けようとしなければ、そこまで傷を負うことはなかったはずだ。お前はなぜそうまでして、救おうとするんだ? これから先、『反人間カースドの偽勇者』のお前に感謝する人間はいない、誰からも賞賛されず迫害されることがわかっているのに、なぜそれでもあらがう? お前は怖くはないのか?」


「怖いさ。ずっとずっとおびえながら戦っているよ。本当なら戦いたくない、逃げ出したい、誰も殺したくない。人を殺してこの手が血でれるたびに、どんどん自分が人間じゃなくなっていくんじゃないか、本当に『反人間カースド』になってしまうんじゃないかと恐れていた。『獄炎姫』も『鉄の処女』イゾルデも、殺さなくてすむ方法があったんじゃないかと、未だに後悔している。

 だけれど、助けられたはずの人を救えないのはもっと苦しい。救えなかった人々の死をみるたびにずっと忘れることができない、記憶の中に染み付いて何度も何度も思い出すんだよ」


 シーザーはさらに独白を続けた。


「それに僕は大切な人を救えず、見殺しにしてきた。僕も幼なじみの少女も同じく呪いを背負っていたのに、彼女が呪いのせいで人間たちから襲われたときも、僕はただ怖くて逃げ出したんだ。もしあの時逃げずに勇気を持って守ることができていたら、師匠も死なせずにすんで、彼女も救うことができたかもしれないのに――

 僕は本当に弱い男さ。もはや人間ではない、ただの弱い男なんだ……」


 シーザーは言葉に詰まりながらも、まるで懺悔するように告白する。彼の過去についてはアンも初耳だった。けれどシーザーの背負ってきた苦悩を知った彼女は、ただただ仮面の下で嗚咽おえつし涙を流していた。

 シーザーは逃げ出した過去をあがないながら、今もまた逃げそうになる恐ろしさに太刀打ち戦い続けているのだ。

 真の勇者とは、「本当に死ぬまでに一度しか死なない者」ではなく、何度死にそうになりながらも、それでもい上がり戦い続ける者なのではないか――そうアンは思うのだった。


 けれど、それでも……もうこれ以上彼を苦しませたくなかった。だからアンはダークに向かって挑発の言葉を吐いた。


「ダーク、もう私を爆発させて殺しなさいよ! さっきからシーザーをもてあそんでいたぶって、本当にチンケな男ね! 『呪いの四将軍カースド・フォー』の中であんたが最低最弱よ! それに私に人質としての価値があると思ったら大間違いよ……。私の力はジャンヌが引き継いでくれてるし、私のような半分骸骨の女が居なくなっても問題ないのよ。それでもシーザーたちは必ずあんたを、そして魔王も討伐してくれるわ!」


 そのアンの言葉を聞くと、ダークは微笑した。


「本当にそう思っているとしたら、お前は全く人の感情というものが解っていないのだな。

 シーザーにとって、お前こそ最も大切な者だから、お前を人質に選んだのだ」


「そんなわけないわ……」


「お前のことが大切だからこそ、シーザーは自分から遠ざけようとしたのだよ。勇者の最大の弱点こそ、アン王女なのだ」


 アンはシーザーの本当の優しさにようやく気づいた。しかし今や自分こそが、シーザーの足を引っ張っているのだ。自分さえらわれていなければ、彼がここまで傷つき追い込まれることはなかったのに……。


「少々喋りすぎたな……。もう終幕としよう。シーザーよ、アン王女を爆破されたくなければ、大人しく剣を捨てろ。お前さえいなくなれば人間どもの敗北は確定する。そして魔王の『呪い』の力によって、全ての人間たちに呪いを授けられるのだ」


 いよいよ追い詰められたシーザー。

 『封竜門ドラゴン・ロック』の老領主チェスターの予言通り、シーザーの最期が刻一刻と近づいていた。

 しかし彼は、この戦いの前にロックから渡された光輝くページを胸元から取り出すと、その封をがし、最後の物語改変である「どんでん返しリバーサル」の能力を発現させるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る