第27話 鉄の処女イゾルデとの戦い(2)

 大聖堂前の広場では、「鉄の処女」イゾルデが勇者一行相手に無双していた。


 辺りには、彼女に斬られた衛兵や逃げ遅れた人々の身体が散らばり転がっている。イゾルデに身体を真っ二つに斬られたのに、生きたままうめき声を上げて倒れているのだ。

 中には無傷の衛兵たちもいるが、とにかく一振りで斬られてしまうため近づくことさえできず、イゾルデを遠くから取り囲むことしかできなかった。


「やはり弱すぎる。貴様らは強さを勘違いしている。強さとは剣技や体格によるものではない。決して譲れない超目標を持っているかどうかなのだ。貴様らの戦う理由は脆弱すぎるゆえに、弱いのだと知れ!」


 「鉄の処女」イゾルデはそう言い捨てると、下半身を斬られて倒れいているアンに向かって行く。


「貴様がアン王女だな。なぜ仮面で隠しているかわからんが、アン王女は聞きしに勝る美しい顔を持っているという噂だ。確かめさせてもらうぞ」


 そう言ってアンに近づこうとするイゾルデに、右腕を失った女騎士のジャンヌが残った腕でしがみ付いた。


「確かにそなたの執念は強い。それは認めよう。だが仲間を守ると誓う私の信念までは、そなたに負けるわけにはいかない!」


 そう叫ぶと、ジャンヌは引き継いだ「呪い」の力を使って、イゾルデの足の動きを止めた。

 かつて竜退治のときに出会った、「触れた人の動きを止めてしまう『呪い』」を持った少女ココから、ジャンヌは「呪い」を引き継いでいたのである。

 もちろんジャンヌが能力を引き継ぐには相手を倒す必要があるが、彼女は少女に許可をもらい、デコピン一発で「呪い」を引き継ぐことができたのである。この力は使い方によっては戦力になるのではないかと考えていたのだが、それが今役に立ったのだ。


 だが、やはりイゾルデの執念はジャンヌたちにまさっていた。イゾルデは自らの足とジャンヌの足を魔剣で斬り落とすと、入れ替えたのだった。

 足を切り落とされゆっくりと倒れていくジャンヌ。イゾルデを止めようと伸ばす手は虚しく空をつかむだけだった。もはや成すすべはない。


 一方の上半身と下半身を斬られたアンの方も、逃げることさえできず、恐ろしさに震えながらただ成すがままにされることしかできなかった。

 イゾルデはアンの仮面を剝ぎ取ると、その顔を覗き込む。

 そして、アンの半分髑髏と化した顔を見ると、広場中に響く大きな笑い声を上げるのだった。


「まさか、玉のように美しいと評判の王女が『呪い』でこのような醜い顔になっているとはな! 私には及ばないにしても、この醜い顔は傑作だ! ましてや元々は美しい顔が、こうなっているとは。実に愉快だ!」


 嘲笑されたアンは青ざめた顔で、ただ無言で震えるしかなかった。胸が締め付けられ、恐怖と悲しみから瞳の奥に涙が滲んでくる。


「アンを愚弄するな! 許さんぞ」


 ジャンヌの怒りの声が響くが、それすらイゾルデは嘲笑する。


「散々愚弄してきたのは、お前たち『人間』の方だろうが! 私が嘲られて生きてきたのは、私が『呪い』を持つ『反人間カースド』だからではない!

 『人間』の心が醜いから平気で醜い者を嘲笑するのさ! 恨むなら貴様ら自身、『人間』を恨むんだな!」


 もはやジャンヌたちには、反論することもできなかった。イゾルデはそれだけの差別を受けて来たのだ。アンに至っては、イゾルデから嘲笑されているにもかかわらず、彼女の悲痛な叫びに共感すらしてしまっていた。アンがその顔を仮面で隠して生きてきたように、イゾルデもまた同じ苦しみを抱えて生きてきたのだと。


 イゾルデは不要だとばかりにアンの上半身を投げ捨てると、今度はジャンヌの方に戻り、彼女の銀髪をつかんで持ち上げ顔を確認する。


「やはり貴様の方の顔を貰うとしよう」


 そして歯を食いしばり耐えようとするジャンヌに向かって、イゾルデが剣を振り下ろそうとしたとき――遠巻きに取り囲む衛兵の人垣から、盗賊魔術師ブラウンが飛び出してくるのだった。


「やらせるかよ!」


 ブラウンは飛び出した勢いのまま突っ込み、一気にイゾルデのふところに滑り込むと、彼女の心臓に向かって剣尖けんせんを放った。


 まともな剣の勝負になれば、ブラウンに勝ち目が無いのはわかっていた。しかもイゾルデは身体の何処を斬られても他人と入れ替えてしまうことができる、ある意味無敵の戦士なのだ。

 ブラウンに勝機があるとすれば、奇襲、かつ心臓の一突きで一撃で仕留めるしかない。

 そしてブラウンの思惑通り、剣の切っ先はイゾルデの心臓を貫き、背まで貫通するのだった。きょを突かれたイゾルデも反撃し、ブラウンの両脚を叩き斬る。脚を失った彼はその場に崩れ落ちるが、それも覚悟の上だ。何よりイゾルデを倒すことができたのだ。

 大金星の勝利と言ってよかった――はずだった。


 だがイゾルデは心臓を貫かれたにもかかわらず、うめき声を上げ倒れることもなく、まるで無傷だと言わんばかりに平然と立ったままだった。

 逆になぜか、かたわらに倒れていたジャンヌが血反吐を吐いて小さく叫ぶ。

 いったい何が起こったのか、理解できないブラウンにイゾルデがわらう。


「狙いは悪くなかったな。だが私が勇者一行の貴様やシーザーを忘れているような愚か者だと思ったのか? 貴様らに対して何の対策もしていないと思っていたのか? 私は美しくなるためならどんな努力も惜しまぬ人間なのだ、その執念を貴様たちは甘く見過ぎだ!」


 イゾルデは哄笑こうしょうしながら続けた。


「こうなることも予期して、貴様が飛び込んでくる前に、そこに倒れている女騎士と心臓を入れ替えておいたのさ! 貴様は自らの剣で仲間の命を奪ったのだ!」


 その衝撃の事実にブラウンが慌てふためく。


「ま、まさか……そんな……」


 イゾルデはジャンヌの胸を魔剣で一突きすると、再び自らの心臓を戻した。逆に穴の開いた心臓が戻ったことによりジャンヌはさらに、ごぶりと大量の血を吐き出す。もはやジャンヌの命の灯火は消えかけようとしていた。

 イゾルデはその前に顔を奪おうと再びジャンヌの髪をつかんで頭を持ち上げると、顔を切り落とそうとする。


「待ってくれ! ジャンヌの顔を奪わないでくれ! ……いや、それが無理だと言うなら、せめて彼女の命を助けてやってくれ! そのためなら俺は何でもする。お前の言うことを何でも聞いてやる。俺のちっぽけな命――心臓だってくれてやる。だから、ジャンヌを救ってやってくれ!」


 斬られて失った脚を引きずりながら、懇願するブラウン――そのあまりの狼狽ろうばい振りに、イゾルデはこの男の想いを察した。誰からも愛されたことのない醜女しこめだからこそ、人一倍他人の愛情の機微に敏感なのだろう。

 目の前でいずり懇願する醜い小男は、決して人から愛されるような容姿ではない。おまけに顔の半分は赤黒く火傷でただれている。それゆえにこの男に、ほんの少しだけイゾルデも共感してしまったのだろう。

 だからこそ逆に、目の前の美しい女騎士を、恵まれ愛されて生きているこの女を、その上で仲間からの愛情にすら気づかないこの女への憤りが吹き上がった。


「こんな愛される資格すらない女のために、貴様は命すら懸けるというのか? ……いいだろう、貴様の望み叶えてやってもいい、ただし私の出す条件を飲むことができるならだ」


 必死にうなずくブラウンに、イゾルデは告げた。


「お前は世界一醜い私のことを愛せるか? 反吐へどを撒き散らすことなく私に口付けすることができるか?」


 この鉄仮面の女戦士イゾルデの唐突な発言に、ブラウンは驚くものの「なるほど」と納得し承諾した。


「俺がお前のことを愛してやるから、だからジャンヌを殺さないでくれ……」


「本当に、本当に愛することができるのか? 人の感情とはそんな簡単に変えられるものではないぞ」


 ブラウンはイゾルデを信用させるため、言葉を続けた。


「恋愛感情は尊いものだとみんな言ってるが、人の感情ほど醜いもんはねぇよ。あんたほどじゃなくても、俺も火傷の呪いをさげすまれ、触れられることすら避けられてきたこともある。だからあんたの気持ちは痛いほどよくわかる。だからこそ、俺にはお前を愛することができるはずだ。信用してくれ」


三度みたび聴くぞ。嘘偽りは無いな? 私はお前の呪いについても知っている。嘘を付くと火傷をするという呪いを。だから嘘で言い逃れることはできないのだぞ。

 それでも、愛すると、この私の顔を見ても同じことが言えるのか? この醜い呪いの顔を見ても!」


 イゾルデはそう言うと、鉄兜のひさしを上げ、隠された醜い顔をあらわにした。


 するとその顔が視界に入った、遠巻きに囲んでいた衛兵や逃げ遅れた人々から、未だかつて聞いたことがないような地獄のような絶叫が上がった。

 アンにもイゾルデの顔が見えたため、恐怖の悲鳴を上げ、斬られて下半身が無い状態なのに混乱して逃げ出そうともがいた。


 イゾルデの顔を間近で見たブラウンは、込み上げる反吐へどを我慢することができず、突っ伏し、辺りに撒き散らした。恐怖が心の底から湧き上がり、身体ががくがくと震え、溢れ出る悲鳴と涙を止めることができない。

 まさかこれほどまでとは……。最も醜いということを、ブラウンは全く理解できていなかったのだ。


 イゾルデの顔は確かに人間のものだ。目は二つ、鼻や口はそれぞれ一つずつ。だがその肌はまるで油虫の腹側のように段々と隆起してうごめいている。とても人の言葉であらわせられる顔ではなかったのだ。

 いて例えるなら、ゴキブリ十匹を口の中に放り込まれ噛み潰し生きたまま動くその虫を飲み込み、苦汁が口の中に充満し吐き出しそうになる苦痛に似ていた。

 イゾルデの顔を一瞬見ただけで、その記憶で未来永劫まで苦痛が続くような気持ちに襲われたのだ。


 イゾルデは悲しそうにわらうと、ジャンヌの首を持ち上げながら呟く。


三度みたびも確認したのに、貴様は自分の言葉も守れないのか。やはりこの女の顔を奪い殺すしかないな」


「ま、待ってくれ……。愛する、お前のことを愛してやるから、許してくれ……!」


 いや、ブラウンにイゾルデを愛することは不可能だった。触ることさえ恐怖だった。それどころか一瞬イゾルデの顔を見た後は、まともに直視することもできずに目をらし続けていた。

 だが、彼はジャンヌを救いたい一心で嘘を付いたのだ。

 ブラウンは自分自身の信じがたい嘘で、火傷が広がっていくのを感じた。大罪を犯したときと同じように、みるみる通常の肌が侵食され、上半身はほぼ全て火傷が広がり、残る顔の半分にも手が掛かる。ブラウンの火傷が全身に広がるときは、彼の寿命が尽きるときであり、今まさにその最期が近づいていた。


「お前の嘘が信用できるか。見ろ、お前自身の身体が嘘を証明しているではないか。嘘ではないと言うなら、もう一度私を見てみろ、口付けして見せてみろ」


「嘘じゃない、信用してくれ、ジャンヌを救ってくれ。お前を愛してやる。今、その覚悟を見せてやる……!」


 ブラウンはそう叫ぶと、ジャンヌを救うため覚悟を決めた。腰に差した小刀こがたなを抜くと、自らの両目をえぐり取ったのだ。

 そして這いずりイゾルデに近づくと、彼女にしがみついて立ち上がり、目の見えないまま手探りで、震えながら頬に口付けした。

 ひとかけらも愛してなどいないはずだが、彼はその嘘を貫き通したのだ。もはやブラウンのその火傷痕は顔全体に広がり、彼は最期の時を迎えるように力尽きばたりと倒れた。


 鉄の処女イゾルデにとっては、初めて人の温もりに触れ、頬とはいえ初めて口付けされたのだ。

 約束を守るためか、それとも感傷に浸ったのかはわからないが、彼女は兜のひさしを下げ顔を再び隠すと、ブラウンのまだ動いている心臓を魔剣で突き刺し、ジャンヌに彼の心臓を半分だけ分け与えた。


 意識を取り戻したジャンヌはブラウンの惨状に気づくと、斬られた脚を引きずりながら彼に近づき抱きしめながら声を上げる。


「なぜそこまでして、私なんぞを救ったんだ!? ブラウン!」


「シーザーなら、きっとこうするだろうと思ったからさ。せめて最期くらいはカッコつけてみたかったのさ……」


 ブラウンは嘘を付いたときにでる指からの火傷の煙を出しながら、今にも消え入りそうな声で答えた。

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