第24話 友との戦い

 夕暮れ時、静かな平安の里で、梨花は自宅の小さな食卓に座っていた。目の前には、炊きたてのおかゆが盛られ、薄い緑色の山菜の煮物が添えられている。周囲は、質素ながら温かい家庭の雰囲気に包まれ、淡い光がかすかに揺れていた。


 梨花はおかゆをひと口すくい上げ、口に運ぶ。その柔らかさと、ほんのりとした甘さが彼女の心を落ち着かせる。だが、彼女の心は一瞬で今の食事から遠く離れ、現代の食卓へと飛んでいった。


「カレー……」「タピオカ……」「ファミマの肉まん……」思い出すだけで、彼女の口の中にじわりとした唾液が広がる。色とりどりの食材や香ばしい香り、そして何より、豊富な選択肢。梨花は自分がいた時代の食文化に思いを馳せた。


 平安時代の庶民の食生活は、決して贅沢ではなかった。主食は麦や粟、キビで、量も少ない。彼らはおかゆにすることで、満腹感を得ようとしていた。干物も時折食卓に上ったが、ほとんどの日は山菜や野菜が主菜だった。梨花は、この単調さを思うと、自然と自分の現代での食事がどれほど恵まれていたかを再認識せずにはいられなかった。


「そういえば、あの時代の人たちはどうやってこのおかゆを食べていたのかな?」と梨花は心の中で呟く。山菜の煮物を箸でつまみ上げ、慎ましやかな味を感じる。彼女は、平安時代の人々が食べ物の一口一口をどれほど大切にしていたかを想像した。


「でも、私は幸せだ」と彼女は心の中でつぶやいた。現代の便利さや美味しさを享受できることに感謝しつつ、彼女はまた一口おかゆを口に運んだ。心の中では、平安の里での質素な食事を、現代の多彩な食文化と共に楽しむ自分の姿があった。


 その瞬間、梨花は時代を超えた食文化の豊かさを感じ、自らの存在がこの広がりの一部であることを実感した。平安時代の庶民の食事は、彼女にとって単なる過去の思い出ではなく、今の自分を形作る大切な要素となっていた。


 静寂に包まれた貴船の森、月明かりが柔らかく木々を照らしている。梨花と若菜は、妖怪姥ヶ火の噂を耳にして以来、ここでの出会いを不安に感じていた。しかし、その恐怖を振り払うように、二人は決意を固め、姥ヶ火との遭遇を待っていた。


 その夜、森の奥から不気味な静けさが漂ってきた。風が吹くたびに、木々がざわめき、まるで何かが近づいているかのように感じられた。若菜が不安そうに梨花を見つめ、「本当に来るのかな?」と呟いた。


「来るさ、私たちがここにいるから」と梨花は答えたが、彼女自身も不安を感じていた。


 突然、暗い影が森の奥から現れた。姥ヶ火の姿が浮かび上がる。彼女の体は炎に包まれ、周囲を照らし出す。若菜の顔が青ざめ、梨花はその恐ろしい姿を見つめた。姥ヶ火の目は炎のように燃え盛り、冷たい笑みを浮かべていた。


「ふふふ、待っていたぞ、若菜。お前を探し求めていたのだ」と姥ヶ火は声を響かせた。その声は、恐怖を煽るように響き渡り、森の静けさを破った。


「私を……?」若菜は恐れを隠せずに言った。


「そうだ、お前の中には私の力が宿っている。私に身を委ねれば、全ての痛みから解放されるのだ」と姥ヶ火は囁くように言った。


 梨花は、姥ヶ火の言葉に動揺を隠せなかった。若菜を守るためには、姥ヶ火と対峙しなければならない。彼女は自らの心に強く決意を込めた。「若菜、あなたは姥ヶ火なんかじゃない!私たちは友達だ!」


「無駄だ、梨花。若菜は私の力を受け入れたのだ。彼女はもう、ただの人間ではない」と姥ヶ火は冷たく笑った。


 その瞬間、梨花の中に怒りと恐怖が渦巻いた。彼女は、若菜を救うために戦う覚悟を決めた。姥ヶ火が攻撃を仕掛ける前に、彼女は前に出て叫んだ。「私は決して負けない!若菜を取り戻す!」


 姥ヶ火は梨花の叫びに笑みを浮かべ、「さあ、かかってこい」と挑発するように答えた。


 静まり返った森の中で、姥ヶ火の出現は、新たな戦いの幕開けを告げていた。梨花は、若菜のために立ち上がる決意を固め、彼女の周りに広がる炎に立ち向かう準備をした。



 貴船の森は、月明かりに照らされて神秘的な雰囲気を醸し出していた。しかし、梨花の心には不安と緊張が渦巻いていた。彼女は若菜を守るために姥ヶ火と戦ってきたが、これからの運命がどうなるのかは誰にも分からなかった。


 戦いの中、姥ヶ火を倒すための一撃を放った瞬間、彼女の心に突然の疑念が生まれた。若菜が自分の側にいる理由、彼女との絆が強いからこそ、こんな戦いに巻き込まれているのではないか。そう思うと、梨花の心の中で、暗い影が広がっていく。


「梨花、私を助けて……」若菜の声が、耳の奥で響く。しかし、その声は徐々に弱まり、どこか不安定なものに聞こえてくる。


「若菜、何があったの?」梨花は振り返った。その瞬間、若菜の表情が変わり、彼女の目に浮かぶ炎は、まるで姥ヶ火のそれのようだった。


「私が……私が姥ヶ火になれば、全てが楽になるの。梨花、私を受け入れて!」若菜は一歩踏み出し、梨花の方に近づいた。


「違う、若菜!そんなことは許さない!」梨花は恐怖と悲しみを抱えながら叫んだ。「あなたは私の親友で、そんな存在になるべきじゃない!」


若菜はその言葉を耳にし、歯を食いしばって笑みを浮かべた。「友達なんて、ただの幻想よ。私の中の火を消してしまえば、あなたは救われるんだ!」


 梨花は心の中で葛藤し、強い決意を固めた。若菜の変わり果てた姿を目の当たりにしながら、彼女を倒さなければならないのかと痛みを感じたが、彼女が道を誤らないようにするためには、戦うしかなかった。


「私はあなたを倒す!それが、私たちの未来を守ることだから!」梨花は叫び、力を込めて魔法の力を呼び起こした。周囲の植物が彼女の意思に応え、若菜の周りを囲むように成長していく。


 若菜は一瞬ためらったが、すぐに怒りを見せた。「そんなもの、私には通じない!」


 彼女は炎を放ち、梨花の方へ向かってきた。梨花は瞬時に回避し、若菜を捕らえるための呪文を唱えた。大地が揺れ、彼女の意志が植物たちを駆け巡る。


「捕えろ!」梨花の声が響き渡ると、植物たちが若菜の動きを封じ込める。若菜は苦しそうに抵抗するが、逃れることはできなかった。


「梨花、私を殺すつもりなの?!」若菜の声には混乱が滲んでいた。


「いいえ、あなたを救うためよ!」梨花は涙を流しながら言った。「あなたは姥ヶ火になんてなってはいけない。私たちは友達で、こんな終わり方はさせない!」


 若菜の目が一瞬大きく見開かれた。梨花はその瞬間を逃さず、最後の力を振り絞った。彼女の魔法の力が、若菜を包み込み、心の中の炎を抑え込む。


「ごめん、若菜……」梨花は呟いた。心の中の苦しみが彼女を襲うが、彼女は決意を貫いた。「これが、あなたのためなんだから!」


 その瞬間、若菜は消え入るように崩れ、強い光が彼女の周りを取り囲んだ。姥ヶ火の力が消え去り、若菜の心の中にかすかな光が戻った。


「梨花……私……」若菜の声は弱々しく響く。


「私がそばにいるから、決して一人ではない」と梨花は涙を流しながら言った。彼女は友を失わずに済んだが、心の中には深い傷が残った。


若菜はそのまま倒れ、梨花は彼女を抱きしめた。貴船の夜空に、星々が彼女たちを見守っているようだった。戦いの終わりは、新たな始まりの合図でもあった。梨花は、若菜を守るために自らを強くし続ける決意を胸に抱いたのだった。



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