第17話 朱雀大路

 朱雀大路を歩く梨花の足取りは軽やかだったが、周囲の空気が次第に重く冷たいものへと変わっていくのを感じ取っていた。平安京の中心である朱雀大路は、昼間は賑やかな人々の往来で溢れているが、夜になると妖しげなものが現れるという噂が絶えなかった。


 彼女が料亭での仕事を終え、帰途に着こうとしたその夜、突然、前方に黒い影が現れた。それはまるで地面から湧き出るかのように、静かに、そして不気味に立っていた。梨花の心に緊張が走る。影はゆっくりとその姿を明らかにし、黒の衣をまとった陰陽師が現れた。


「この道を進んではならぬ」と陰陽師の冷徹な声が響いた。


 彼の目は鋭く、まるで梨花の内面を見透かしているかのようだった。その手には呪符が握られ、彼の背後には不気味な風が吹き荒れた。陰陽師は、朱雀大路に封じられた力を守る者であり、その存在を脅かす者を排除するために現れたのだ。


「桂馬を持つ者か」と彼は問いかけた。


 梨花は一瞬、迷いを感じたが、彼の鋭い視線に逆らうことなく答えた。「そうだ。桂馬は私が持っている」


 陰陽師は微かに笑みを浮かべ、ゆっくりと手を動かした。その瞬間、空気が震え、呪符から黒い煙が立ち上る。梨花は手にした桂馬の力を感じ取り、すぐに戦いの準備を整えた。彼女が手に入れた桂馬は、ただの駒ではない。平安京を巡る闇の力を封じるために必要な重要な存在であり、それを狙う者は数多くいた。


 陰陽師は一瞬のうちに呪文を唱え、周囲の空気が裂けるように音を立てた。妖しげな風が梨花の体を包み込み、動きを封じようとする。しかし、梨花はその風を断ち切るように素早く身を翻し、桂馬の力を発動させた。まばゆい光が放たれ、陰陽師の術を打ち消していく。


「お前ごときに、この力が使いこなせると思うか」と陰陽師が嘲笑したが、梨花の決意は揺らぐことはなかった。


 彼女は静かに息を整え、桂馬の力を引き出す。再び放たれる光はさらに強く、陰陽師の術を完全に打ち砕いた。彼の呪符は風に舞い、闇の中へと消えていく。


「お前には、この力はまだ早い…だが、時が来ればわかるだろう」と陰陽師は静かに言い残し、姿を消した。


 梨花は戦いの終わりを感じつつも、桂馬の存在が持つ真の意味と、それを巡る陰陽師たちの思惑を深く考えた。彼女は再び歩みを進めながら、これから待ち受けるさらなる試練に備えるのだった。


 梨花は朱雀大路での戦いを終え、ふと立ち止まり、懐かしい記憶が蘇ってきた。それは、大学時代に塁と出会った日のことだった。学内の図書館で偶然隣に座った塁は、真剣な表情で古い医学書を読んでいた。彼の集中力と知識の深さに、梨花は自然と興味を抱いた。


 最初は軽い会話から始まり、次第に二人はよく話すようになった。ある日、塁が突然、「コンフィデンスマンの映画が公開されるんだ、見に行かないか?」と誘ってきた。その瞬間、梨花は驚いた。普段はクールで少し距離を保つような印象の塁が、こんなカジュアルな誘いをしてくるとは思っていなかった。


「映画か…いいわね、楽しみにしてる。長澤まさみとか出てるよね」と梨花は微笑んで答えた。塁は軽く頷き、その日から二人の間に新たな絆が生まれた。


 映画の日が近づくにつれ、梨花はコンフィデンスマンの世界に引き込まれていった。強烈な個性を持つ詐欺師が、困難な手術に立ち向かう姿は、どこか自分たちの未来に重なって見えた。梨花も塁も、当時はまだ自分の将来に対する不安や迷いを抱えていたが、この映画を通じて、何かを成し遂げるためにはどれだけの覚悟が必要なのかを考えさせられた。


「自分を信じて突き進む、それが一番大切なことかもしれないな」と、映画を見終えた後、塁がつぶやいた言葉が今でも梨花の心に残っていた。その時の塁の横顔は、どこか決意に満ちていて、彼の強さを感じた瞬間だった。


 梨花は、その記憶を思い出しながら、塁との再会が今の自分にどんな影響を与えるのかを考えた。そして、彼と一緒に歩んできた道のりが、これから待ち受ける困難にも耐えうる強さを自分にもたらしてくれると感じていた。




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