第15話 桂馬☖

 

 梨花は、平安京の繁華な街角に佇む一軒の料亭で働いていた。そこは貴族たちが集う格式ある場所であり、京の四季折々の食材を使った繊細な料理が提供されることで有名だった。梨花は料理人として、平安時代ならではの華やかで繊細な料理を日々作り続けていた。


 平安の料理は、見た目の美しさと味の調和を重んじていた。梨花は、鯉や鯛などの新鮮な川魚、山菜や野菜、そして季節ごとの果実を巧みに組み合わせ、香り高い出汁を使って品格のある料理を作り上げた。特に、白味噌を使った汁物や、鮮やかな彩りの野菜をあしらった雅な膳は、貴族たちの間で評判だった。


 料亭では、料理を通じて梨花は多くの貴族や役人と接する機会を得た。その中には、源氏をはじめとする権力者たちも多く、時には政の話や都の噂話が聞こえてくることもあった。梨花は静かに耳を傾けながら、彼らの裏で動く陰謀や駆け引きを知るようになった。


 その日も、梨花は厨房で黙々と料理を作っていた。野菜を丁寧に切り、火加減を見極めながら、平安の風雅を感じさせる一皿を完成させた。彼女の料理は、ただ食事を提供するだけでなく、都の喧騒から一時の安らぎを与えるものとして、人々に喜ばれていた。


 梨花は、料亭での仕事を通じて平安京の食文化を深く理解し、その中で桂馬にまつわる情報を少しずつ掴んでいくのだった。



 梨花は、ある日、平安京の貴族社会で権勢を誇る源氏の一族の者から、桂馬という謎めいた存在について初めて耳にした。それは、ただの将棋の駒ではなく、平安京全体の運命を左右する力を秘めた特別なものだという。源氏の者は、梨花にこう語った。


「桂馬は、この京に隠された古の秘宝だ。持つ者には未来を見通し、戦局を変える力が与えられるという。だが、それを手にするには、ただの腕力や知恵では足りぬ。時代の波と陰謀の渦を乗り越えなければならない」


 梨花は、その話を聞きながら、不思議な感覚に囚われた。平安京で表向きに権力を握る者たちの背後で、さらに大きな力が動いていることに気づいたのだ。桂馬を巡る争いが、単なる貴族同士の権力闘争ではなく、都の根底を揺るがす陰謀と深く結びついていることを直感した。


 源氏の一族が語った桂馬の存在は、梨花に新たな視点を与えた。この力を手に入れれば、自分自身だけでなく、都に住む人々の運命をも変えることができるかもしれない。だが、そのためには、数多の試練と敵対者を退けなければならない。梨花は決意を固め、桂馬の真実に迫るための旅路に足を踏み出すこととなった。




 平安京は、日本における古代最後の宮都であり、794年から1869年までの長きにわたり日本の首都として機能した。桓武天皇の指導の下、長岡京に代わる新都として建設され、設計は中国の長安城を模範としている。


 平安京は、東西4.5キロメートル、南北5.2キロメートルの長方形の都市計画を持ち、碁盤の目状に整然とした街路が敷設されている。中央には平安宮が位置し、朱雀大路が南北を貫通する主要な交通軸として機能した。都市内部は「条坊制」に基づいて分割され、各町は番号で識別されることにより、効率的な管理が行われていた。


 また、平安京の建設地は、風水や陰陽道に基づく選定がなされたとされ、北を玄武、南を朱雀、東を青龍、西を白虎とする四神相応の理念が反映されている。このような地理的配置は、平安京の政治的・文化的な重要性を高める要因となった。


 平安京は、約1100年にわたり日本の政治と文化の中心地として栄え、その後の京都市の発展に寄与した。今日においても、平安京は日本の歴史における重要な遺産として位置づけられている。


 平安京を舞台に、桂馬を巡って展開される戦いは、平安時代の人々にとって単なる戦いではなく、政治的・宗教的意味をも併せ持つ壮大な闘争の場となった。梨花を中心に据えたこの物語では、平安貴族や武士たちが、平安京の四神相応の都市構造や、陰陽道による占術を背景に、桂馬という特異な存在を求めて激突する。


 桂馬は、この時代における戦略的な象徴として位置づけられ、単なる駒以上の力を持つものとされている。桂馬を手にした者は、都市の秩序を操る力を得ると信じられ、政治的な優位性を確保できるため、さまざまな派閥がこれを巡って陰謀を巡らせる。


 梨花たち平安の人々は、都の表舞台での権力闘争のみならず、闇の中で蠢く陰陽師や術者たちとも対峙しなければならない。平安京の街並みを背景に、朱雀大路や平安宮の宮殿内で繰り広げられる戦いは、剣や魔術、策略が交錯する複雑な様相を呈し、時には歴史を変えるほどの影響を及ぼす。


 梨花がどのようにしてこの戦いの中心に立ち、桂馬を巡る争いの行方を左右するのか。彼女の決断が、平安京の未来を大きく揺るがす鍵となるだろう。


 ある晩、梨花がいつものように料亭での仕事を終え、帰路についていたとき、不気味な気配が周囲を包んだ。月明かりに照らされた道は、静寂に包まれていたが、突如として冷たい風が吹き荒れ、彼女の前に巨大な車輪が現れた。車輪の中には、燃え盛る炎に包まれた妖怪――輪入道がいた。


「ここで引き返せ!」輪入道は、怒りの声をあげながら、燃えさかる車輪を梨花に向けて回転させて襲いかかった。


 梨花は身を翻し、すぐさま回避したが、その勢いは凄まじく、道の石畳が砕けるほどの力だった。彼女は、これがただの妖怪ではないことを直感で感じた。輪入道は、その圧倒的な力とスピードで何度も攻撃を繰り返したが、梨花は冷静さを失わず、隙を見つけ出そうとしていた。


 そして、彼女は決意した。自らの料理人としての鍛え抜かれた手さばきを使い、手元にあった包丁を巧みに操りながら、輪入道の弱点を突く策を練った。攻撃が一瞬緩んだ隙に、梨花は飛び上がり、輪入道の目を狙って包丁を一閃させた。


 鋭い刃が輪入道の目に突き刺さり、火花とともに轟音が響いた。輪入道は悲鳴を上げ、巨大な車輪が崩れ落ちるように地面に倒れた。炎がゆっくりと消え、周囲に静けさが戻ると、倒れた輪入道の残骸の中から光り輝くものが現れた。


 それは、桂馬だった。







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