第3話 催眠術①

 予定していた仕事が一段落し、少し休憩を取ろうとした午後の時間、


「ソフィアー! 遊びに来たわよ!」


 天気の良い日だというのにもかかわらず、黒いローブに身を包んだ女性――義妹となったメーナがやってきた。


 いつもは敷地内の別邸に住み、魔術の研究に明け暮れているため、ソフィアたちが住まう本邸で顔を合わせることはない。というのも、本邸に来て両親に出くわすと、早く結婚相手を探せとお小言を言われるのが面倒くさく、近寄らないようにしているのだという。


 義両親が出かけてしばらく戻らないのを良いことに、本邸に遊びに来たのだろう。


 メーナとソフィアの仲は、初めて出会った時と変わらない。義妹になるが、友人の方がしっくりくる関係だ。


「いらっしゃい、メーナ」


 快くメーナを迎えるとソフィアの自室に招き入れ、メーナがもってきた菓子や、用意させた茶を口にしながら、たわいもない会話を楽しんだ。


 何度メーナとお茶をしても、彼女の口からはいつも新しい魔術の情報が飛び出してくる。

 それは彼女が常に新しい情報を学んでいるという、魔術に対する真剣な姿勢の表れであり、ソフィアは密かに尊敬していた。


 とはいえ皆がその熱意を、結婚相手探しに注いでくれと思っているのが、悲しい話なのだが。


 ひとしきり魔術の話をすると、メーナはお茶で口の中を潤し、ソフィアに別の話題を振った。


「そういえば、お兄と結婚してそろそろ一年が経つわね。どう? お兄とは」

「私の不手際でオーバル様の足を引っ張らないように、毎日必死よ」

「いや、そういうことじゃないんだけど……何ていうか……義務で夫婦やってますって感じよね、二人とも」

「そ、そんなことないわ」


 そう否定はしたが、メーナが何を言いたいのかは分かっている。


 ソフィアにとっては嬉しい結婚だった。

 一目惚れした相手と夫婦になれたし仲の良い義妹も出来た。


 ただオーバルにとっては、良いことではなかっただけで――


 気付けば、スカートの上に置いていた手が視界に映っていた。どうやら無意識のうちに下を向いていたようだ。

 慌てて顔を上げると、メーナがこちらを見つめていた。ソフィアと目が合うと腕を組み、眉間に皺を寄せた。


「ま、お兄が上手くやってないことは、よーーく分かったわ!」

「そ、そんなことない! オーバル様は良くしてくださっているわ! 実家にいたときよりも、良い暮らしをさせてくださっているし! 私ね、嫁いできた時、あまりの食事量の多さに驚いちゃったのよ?」

「ふふっ、あんなお兄を庇ってくれてありがと、ソフィア」


 本心を伝えたつもりだったが、メーナの少し残念そうな表情を見て、それ以上の言葉を飲み込んだ。いくら言葉を重ねても、今の彼女には逆効果だろう。


(仲良く……か……必要だからではなく、オーバル様が心の底から求めてくれたなら……)

 

 その時、自分はどんな気持ちになるだろうか。


 だが疑問は虚しさへと変わった。

 ソフィアは僅かに肩を落とし、すっかり冷めてしまったお茶に口を付けると、メーナが何かを思い出したようにポンッと手を打った。


「そうそう、一番大切なことを忘れてたわ! 今日はソフィアに一つ、お願いがあってきたの」

「お願い? 新しい占いを試したいの?」

「今日は占いじゃなくて、私、最近魔術研究の一環で、催眠術の勉強をしてて、試しにかけさせて貰いたいの」

「え? 催眠術? でもそういうのはいつもオーバル様にお願いしてるんじゃ……」

「お兄は魔術の実験台になって貰ってるから、催眠術が効きにくいんじゃないかと思って……こんなことを頼めるのはソフィアしかいないの! お願い‼ 時間はとらせないから!」


 メーナが両手を合わせ、頭を下げた。

 ここまで強く頼まれたら、断ることは出来ない。


 メーナは研究熱心だが魔術を成功させたことはまだ一度もない。催眠術も勉強中とのことなので危険はないだろう。

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