第2話 言い伝え③

 そんな二人の会話を、ソフィアは下げようとしていた腰を、不自然な高さでストップした状態で聞いていた。彼女が場の空気に取り残されていることに気づいたメーナが、彼女の肩を軽く叩く。


「ごめんね、ソフィア。せっかく楽しくお喋りしていたのに。ほんと辛いわー。空気の読めない兄を持つ妹は、ほんっと辛いわー」


 メーナはソフィア腕を掴むと、土下座をしようと腰を沈めようとしていた体勢を真っ直ぐに戻した。

 まだ戸惑っているソフィアに向かって、オーバルが頭を下げる。


「愚妹の話に付き合ってくださり感謝する、ソフィア嬢。そして占いの邪魔をしてしまい、申し訳なかった」

「あ、頭をお上げください! 謝罪するのは私の方であって、あなた様は何も悪くはありません!」

「いや、どうせ妹にしつこくせがまれたからでしょう? なら一番悪いのは、いm――」

「え゛? 今、何か言おうとした、お兄?」

「……邪魔をした俺が一番悪いのです。ソフィア嬢はお気になさらないでください」


 必死になって自分の方が悪いのだと主張するが、オーバルはもう一度謝罪を口にすると、ソフィアに近付いてきた。そして、


「失礼」


 そう一言告げると、ソフィアを抱き上げたのだ。


 突然の出来事に、悲鳴が出るどころか息すら止まった。体が硬直して動けなくなっているのに、体中の血液が顔に集中したかのような熱をもっている。


 オーバルは腕の中で固まるソフィアに気付いた様子なく、メーナと座っていたベンチへと運び、


「無礼をお許しください、ソフィア嬢」


 と一方的に告げ、ソフィアの足に触れた。

 真剣な表情を浮かべつつ、丁寧な所作でソフィアに靴を履かせるオーバル。靴を履かせ終えて離れていくゴツゴツした手を目で追うことしか、ソフィアにはできなかった。


 真っ白のなった頭の隅っこで、


(オーバル様の手って、見た目と違って随分男らしいのね)


 なんてことを考えながら。


 メーナにポンッと肩を叩かれ我に返る。顔をあげると、オーバルはすでに立ち上がっていて、ソフィアから少し距離を取っていた。


「よし! ソフィアの靴も戻ったところで、気を取り直して、もう一回お天気占いをやってみましょう!」

「ええっ⁉︎ で、でも……あのっ……メーナ……様……」


 ソフィアはチラッとオーバルの様子を窺った。それを見たメーナが表情を曇らせる。


「もうっ、ソフィアったら、さっきみたいに気軽に話しかけてよ。少し寂しいわ。私、好きなことを心置きなく話せる友達っていないから……」


 ずっと元気だったメーナの声が、次第に小さくなっていく。紫色の瞳が輝きを失い、視線が下に落ちた。今までも侯爵家の人間だと分かって、人が離れていったことがあったのだろう。オーバルが現れて、メーナが怒った理由が分かった気がした。


「ごめんなさい、メーナ。あなたがそう言ってくれるなら……」

「もちろんよ! だってソフィアは同志なんだもん!」

(同志……)


 先ほどの明るさを取り戻したメーナの発言に心の中で苦笑いをしつつも、友人が元気になってくれて嬉しく思った。


 だが問題は、一度事故りそうになった相手の目の前で、同じことをするかということだ。


 しかし、


「今なら誰もいないので大丈夫です。さあ、どうぞ」 


 と、何故かオーバルも勧めてくる。彼も魔術師の家系なのだから、メーナと同じく、占いや魔術に興味がある人間なのかもしれない。


「……分かり、ました」


 ソフィアは腹をくくった。

 

 右足を一歩後ろに引き、先ほどと同じセリフを口にしながら靴を飛ばすと、僅かな照明の光に照らされながら綺麗な放物線を描き、庭園の地面に落ちた。力が入ったせいか、遠くまで飛び、ここから結果は分からない。


 オーバルがソフィアの靴を追う。


「お兄ー、靴はどっちを向いている?」


 メーナが大声を出して尋ねるが、いつまでたっても返答はない。何かあったのかと不安に思っていると、オーバルが手ぶらで二人の所へと戻ってきた。

 

「どうしたのお兄? 靴は?」

「……ちょっとあれを見てくれ」

「あれ?」


 眉をひそめながら、メーナは兄の目線の先――ソフィアの靴が落ちたところへと向かって行った。

 不穏な雰囲気を感じ取ったソフィアも、メーナの後に続こうとしたのだが、


「足が傷つきます」

「ひゃぁっ‼︎」


 端的な言葉とともに、再びオーバルに抱き上げられてしまった。

 靴のことに気をとられていたせいで、反射的に悲鳴が口から漏れ、思わずオーバルの首元に抱きついてしまう。

 

 慌てて手を離し相手の様子を窺ったが、オーバルの表情に揺らぎは見られない。抱き上げてさも当然といった様子だ。この様子では、ソフィアがどれだけ恥ずかしい気持ちでいるか気付いていないだろう。

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