第2話軋轢

街を出発して数日、セリシアたちは目的地の要塞へと辿り着いた。小高い丘に聳え立つこの要塞は自然の丘を城壁で囲われた城山であった。セリシアは要塞に到着するや否や副官を連れ会議室へと足を運ぶ。彼女が入室すると、既に3人の大隊長、そして彼らを総括する軍団長が集結している。地図の置かれた大きな机を取り囲むようにして四人が座っており、緊迫した雰囲気が漂っていた。



「伝令の報告により、状況はある程度把握している。早速で悪いが軍議を始めるぞ」

第一声を放つのは大柄の壮年の男性。彼は北方の守護を任されている軍団長であった。

「異論ありません」

「ではセリシア、お前が知りうる国境沿いでの情報を共有してくれ」

「承知しました。王国軍の兵力は軍団規模であることに疑いなく、我が部隊は国境沿いの民衆を連れこちらまで撤退。その際、周辺の村や街に火を放っております」


その報告に眉を顰める者も存在したが、軍団長は感心していた。焦土作戦とは敵軍の士気を削ぐ有効な戦術であるが、非情さが求められる。彼女ほどの若さならば、軍人としてまだ青く、躊躇い作戦を実行できない者が多い。彼自身、かつて同じような状況で逡巡した過去があったからだ。

「そうか、士気ではこちらが優勢になるだろうが、兵力差は歴然だ。援軍が到着するまで、籠城戦以外の選択肢はなさそうだな。意見のある者は申し出ろ」


方針については満場一致。この時代における軍隊の編成単位とは、6つの百人隊から1個大隊を編成し、10個大隊から軍団が構成されるというのが主流であった。しかし帝国は兵力不足、各地の要所にすら十全に兵力を割くことができずにいた。故にこの要塞にはセリシアを含め4個大隊しか存在せず数的劣勢は免れない。つまり平野などでの迎撃は選択肢にすらなり得ないのだ。


「異論はないようだな。王国軍の動向だが、おそらく迅速に短期間で決着を付けにくるだろう。つまり強襲作戦を決行してくるわけだ。よって城門の位置する東側区画では激戦が予想される。俺からは以上だ。今度はお前たちの見解を共有してくれ」

帝国中央より援軍が迫って来る以上、王国軍は悠長にしている時間などなく、早急に要塞を奪取しなければならないだろう。


「私は、アーセヴァルド軍団長と同じ意見ですね。敵軍に時間的余裕がないのは明白、包囲戦を展開し、兵糧攻めなどは考えにくい」

同意を示すのは中背中肉の青年、レオナード。若いが彼も歴とした大隊長であり、物腰が柔らかそうな雰囲気とは裏腹に、冷徹な目つきをしている。


「私も概ね同意見ですが、内通者については気がかりです」

籠城戦において内通者とは戦況を左右する存在である。王国が北の要であるこの要塞に手を打たないはずがないのだ。故に彼女はこの議題を挙げた。


「内通者については我々が調査していますが、これといった成果はありませんな。手荒な事をすれば手がかりの一つでもでてくるとは思いますが、民間人を巻き込む可能性があり・・・私には出来かねます」

先ほどセリシアの報告に眉を顰めていた大隊長である。やや神経質そうな彼は心底嫌そうな様子で語る。


「必要とあらば私が内通者を炙り出しますが、今回は下策ですね。下手に民衆を刺激して暴動でも起こされては困りものだ」

レオナードは神経質そうな男性、フィンデルを冷ややかに見据え、必要に駆られれば、強行手段も辞さないという態度を示す。


「城門と兵糧の警戒に人員を割くほかあるまい。内通者への警戒は引き続き、フィンデルに任せる。他に意見がなければ、下士官を交え調整を進めるぞ」





軍議が終了する頃にはすっかり日も落ち始め、セリシアは会議室を後にした。彼女が部隊へ戻ると、部下達が民衆に詰め寄られていた。

「ふざけるな!!!お前らは侵略者も同然だ」

「我々は命令に従っただけだ」

「命令に従った?敵前逃亡の挙句、火を放ったの間違いじゃねえのか」

怒鳴り込む彼は近辺の農村から避難してきた男であった。彼女の選択により、家を土地を作物を、彼の財産といえる物は灰燼に帰した。家族以外の全てを奪われ、順風満帆な生活は突如として終わりを告げる。先の見えない生活に不安や恐怖もあるが、それよりも、この現状を強いた者に対する怒りが彼を支配していた。彼女の選択が招いた弊害、民衆との軋轢が顕著に現れているのだった。


「私が命令した。彼等に当たるのは筋違いだ。言いたいことがあるなら私に言え」

彼女はやや高圧的に告げると、彼等の前へと進み出る。


「お前が俺達をこんな目に!!!」

広場に怒号が響き渡る。己に降りかかった厄災、それを生み出したと公言する人間を前にして、感情に駆られ、彼女に殴りかかろうとする。だがその瞬間、背後から幼い声が聞こえた。

「お父さん・・・」

怯えた表情で彼を見つめる娘の声に、彼の動きは止まった。拳を握り締めたまま彼は立ち尽くし、やがてゆっくりと手を下ろす。公の場で軍人に危害を加えれば、牢獄行きを余儀なくされ、家族は路頭に迷ってしまう。守らなければならない家族の存在が彼の感情に歯止めをかけたのだった。


セリシアはそれを一瞥し、民衆全体に呼びかける。

「私の決断は非難されて当然だろうな、帝国に私への弾劾を求めるなり好きにしろ。だが今は王国軍が迫っている。即時解散しなければ軍務への妨害と見做すぞ!」

彼女は毅然たる態度で冷徹に言い放つ。

抗議を続け軍務を妨害するなど、彼ら自身の首を絞めるに等しい。それが理解できぬほど愚かな民衆ではない。無論、彼女への怒りは収まらないが、彼女が帝国を守護する兵士であることに変わりはない。民衆はどよめきながらも、徐々にその場を離れていくのだった。


しばらくすると、騒然とした雰囲気も落ち着きを見せ始めたが、やや不穏な空気が漂っており、兵士たちの表情に動揺が浮かんでいる。このままでは兵士の士気が下がる一方である。それを察したセリシアは彼らに休息を与えることにした。

「諸君らにはこれから休息を与える。存分に英気を養ってこい」

すると兵士達からは歓声が上がり、各々は各所へと散っていく。兵士といえども人間である。欲求を満たしてやらねば、軍の規律は乱れ、士気も低下する。それを理解している彼女は部下達に休息を与えることを惜しまなかった。



兵士達とは対照的に、彼女は残された仕事を片付けるべく、一人静かに執務室へと向かおうとする。すると、彼女の背後から声がかけられる。

「セリシア様、お待ちください。私が一時的に大隊長代理を務めますので、少しはお休みになってください」

これは彼なりの気遣いであった。このところ彼女の様子が気がかりであったため、烏滸がましいと思いつつも、思わず声をかけてしまったのだ。

「必要となれば、私も休息は取る。だから気にするな」

彼女は振り向き、いつものような平然とした態度であったが、その目はどこか憂いを帯び、疲労の色を隠しきれていなかった。彼女は軍人である時、常に集団の利益を追求する全体主義的思想で物事を判断している。故に彼女は自身の感情もその利益のために抑圧しているのだ。どれほど疲弊し、精神が蝕まれていようとも、肉体が限界を迎えるまでは職務を果たすことだろう。

彼女の行動理念を深く理解している彼は、食い下がることができなかった。これ以上話しても、結局は平行線を辿るだけだと感じていたからである。彼の気遣いは彼女の理念に反する提案であり、彼のエゴ、感情に過ぎない。しかし彼女は感情を交えず、常に理性的に物事を判断している。相剋する二者が一致することなどあり得ないのである。

「・・・分かりました。ですがセリシア様、根を詰め過ぎぬよう」

「気を使わせてしまったな、すまなかった」

彼はそれを聞き苦笑いを浮かべると、人混みの方へと消えていった。



一人執務室へと向かうセリシアであったが、ふと夜空を眺め、自らの感情を隠しきれていなかったことを悟っていた。部下に気遣いをさせてしまったのだ。選択の重みを噛みしめる中で、おそらく顔に出てしまっていたのだろう。無論、感情を表に出すことほど愚かなことはない。戦場において感情とは弱みにしかなり得ず、常に理性的で毅然とした態度で振る舞うべきであるのだ。そうでなければ弱みにつけ込まれ、食い物とされるのみ。

「未熟者だな・・・私は」

軍人に感情はいらない、軍人として正しい決断をしたと思う。それを理解しているはずなのに、燃え盛る街や怒りをぶつける民衆の顔が脳裏から離れないのだ。湧き上がる感情が、彼女自身の未熟さを容赦なく突きつけていた。



セリシアは執務室へと戻り仕事を片付けると、今回の籠城戦で使えそうな戦術を練り始めるのだった。この時代の戦場において、自然法や普遍的な倫理観はほとんど意味をなさない。人道や倫理観を度外視した手段を用いようとも、結果さえ伴っていれば正当化されるのだ。彼女はその現実を理解し、受け入れることこそが軍人としての役割を全うする上で必要不可欠であると思っていた。故に彼女は結果のためならばどれほど非人道的で残酷な戦術であろうとも実行に移す覚悟を持っている。それが彼女を強くする一方で、心の奥底に深い影を落としていた。

やがて、窓の外が赤く染まり、時刻は明け方へと移り変わる。すると彼女は来るべき決戦に備え、机に伏せると、短い眠りにつくのだった。

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