長城 Ⅱ

「駄目ですよ、状況から考えてそれはあり得ません」

 廊下で話している私の声を遮って、警部補の片西はそう云った。

「だが、我々は常に広い視野で捜査を進めなければならない」

「だとしても、それはあまりにも根拠が薄すぎます。彼女は殺されてなんかいません」

 彼がいい加減、私の話には付き合いたくない、というのは顔で分かる。

「だってそうでしょう。彼女の服には体液も付いてなかったですし、他者の指紋も無ければ、カメラも、記録も、物的証拠すらない」

「だが、自殺だと断定するにはまだ不自然な点が多すぎる」

 そこまで云うと彼は呆れた、と云わんばかりの顔で私を覗いた。

「と云いますと?」

「彼女が自殺する動機が全く見つからない」

「そんなもの知ったことではありませんよ。動機があったとしても、自殺だと云うことは現場の状況を見てみれば一目瞭然です」

 片西と私は階段を降りる。

「私だってそう思っていた」

「じゃあ一体」

「これだ」

 そうして、私は片西に持っていたとある「紙切れ」を渡した。

「何です?これ」

「昨日、私に送られた。宛名は不明だ」

 片西は紙切れに書いている内容を淡々と読み上げる。

「えーと、『春香は自殺した。捜査本部は直ちに解散させろ』だって?これは長城さん本人に当てられた物なんですか?」

「さっきそう云っただろう」

 片西は首を傾け、私にこう問う。

「誰からかの目星は付いているのですか」

「ああ。というか、確信だ。誰が送ってきたのか、私は確信している。だが、その内容の意味が分からない」

「僕も意味が分かりませんよ。字体も荒いし、これは何かを始めようとする人間の特徴ですよ」

「そこでだ、少し私の推理を聞いて欲しいんだ」

「島田潔にでもなった気分ですか」

 私はそこまで云って立ち止まり、片西に語り始めた。

「二日前、ここに佐原慶次という、春香さんの遺族が、直接私に会いに来た。内容は、春香が自殺したことに対しての違和感があるので、捜査本部は解散させないでくれ、とのことだった」

「それで?その慶次というのがこの紙切れを貴方によこした張本人だと?」

「そうだ。それで……」

 そこまで云って私の携帯電話が鳴ってしまった。折角の推理を途中で寸断されてしまったことに対しての不快を覚えつつ、片西から離れた。


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