佐原 Ⅱ

 僕にじっとしている暇はなかった。何があっても絶対に春香が自殺したかどうかの証拠を突き止めてやる。会社には特別に休ませてもらった。無論、春香が自殺したかの証拠探しをすると云うわけにはいかなかった。

 だが、家に何か手がかりになる物は無かった。

こうなれば、事件当日、大学で何があったのかを確かめる必要がある。

僕はそこで、学校からの許可を取り、母さんに外の散歩をするという口実でN大に行くことにした。当然、登山サークルを調べるためだった。

春香たち登山サークルメンバーは、春香の失踪当日、午後五時まで市内の山を登山していた。そして、大学内で午後六時半に解散。この間に何があるのかをこの目で調べる必要がある。当然、何の収穫も無いかもしれないが、確かめないと、自分の中で何かが狂い出しそうになった。

校門をくぐり、大学内に入り、登山サークル専用の部屋の前に訪れた。早速入ると、少し埃があったが比較的新しめの部屋だった。しかし、それより自分を刺激したのは異常なレベルの悪臭だった。

鼻を鋭く傷つける、不快な悪臭。だが、構っている余裕はない。

部屋の造形は非常にシンプルだった。登山に関する本の本棚、不規則に並べられた六つの長机に、ホワイトボード。防寒具や杖などがしまっているタンスと、窓ガラスに貼られた登山サークルメンバーの集合写真。いかにも絵に描いたようなサークル部屋だった。

集合写真には三十人ほどの男女が山の頂上でカメラに向かって笑顔でピースサインをしている。その中には、当然春香も写っていた。

その顔は、僕に数多く見せてきてくれた春香の笑顔の中でもトップクラスに爽やかな晴れた顔だった。しかも、その写真の日付を見てみれば失踪する前日の写真だった。

どうみても翌日に自殺を図ろうとする人間の顔ではない。

僕はまず、タンスを手当たり次第調べた。だが、期待していたような物は見つからなかった。だいたい、春香は防寒具などを僕との兄妹部屋に保管していたのでこのタンスにはそういった物は入っていないだろう。

次に僕は長机の引き出しを調べたが、特に何も無し。

最後に残ったのは本棚だけだった。一冊一冊手に取ってページをめくり、何か挟まっている物は無いかと入念にチェックした。が、結局何も見つかることは無かった。

 その時だった。本棚に本をしまったとき、僕の目に、「女子メンバービデオ集」と付箋の貼られたSDカードが留まった。それは本と本の間の隙間に雑に挟まれていた。

 埃だらけで汚いが、カード自体は新しい物だ。

 ちょうど部屋にはホワイトボードの後ろにカードを入れて視聴するための機械とテレビがあったため、それを借りることでビデオを視聴することにした。

 カードが読み込まれたようで、さっそく映像が始まった。

 だが、開始した途端にテレビに映ったのは暗く画質も悪いこの部屋の映像だった。

 ノイズが酷く、音声が聞き取りづらかったが、何やら声にならないような女の悲鳴が聞こえる。しばらく視聴していると一人、画面に映ってきた。

だが、それは服を脱がされた一人の女だった。

そして、その女は一人の男に髪を掴まれ、床に引きずられていた。

今度はもう一人の裸体の男が現れた。その男は泣いている女の口を無理矢理開けさせ、自らの陰毛だらけの汚い性器を口に入れさせた。その瞬間に、カメラを持って撮影していた男子の歓声が上がる。女はこちらを助けるように見つめる。

一気に暗くてよく見えなかったが、僕は一瞬でその女が誰なのか分かった。

春香だった。

その刹那、僕は胃の中から何かが逆流してくるのを感じ、必死に口を押さえたが、嘔吐し、胃の中にたまっていたものを吐瀉物として全て吐き出した。

ビデオをすぐに消そうとしたが、目に映ってしまう。

今度は太った男が全裸になり、春香に馬乗りになる形で強引にキスをする。そして、春香の陰部に自らの性器を入れる。男は「てめえだけズリぃぞ」と云い放ち、自分の性器から抜いた数本の陰毛を春香の口の中に押し込んだ。

「おぇおえぇえ」

 僕はまだ胃の中にたまっていたものを吐き出し、胃液までもが逆流しそうになった。喉が焼けるように痛い。引き裂かれるような痛みだった。そんな中、春香の声が聞こえた。

「痛い……痛い……痛い……」

「おい、やめろぉ」

僕は画面に向かって発狂したが、喉から出てくる吐瀉物に邪魔され言葉を紡ぐことができなくなった。

今度は四、五人の全裸の男が画面に映った。見たことがある。

写真で見た登山サークルメンバーの男子だった。

汚い形相で春香を見つめ、

「先輩の体やべぇ、興奮するわ」

「やべぇ、春香見てたらすげぇ勃ってきたわ」

 といった調子で春香に近づく。

 傷ついた喉が腫れているのを感じ、流れ出る吐瀉物の苦い味の不快感が僕を襲う。それでも、焼けただれた喉を壊す勢いで画面に訴えた。

だが、男達は次々と春香に襲いかかった。

 まず、男が二人がかりで春香の性器をいじくり、指をいれ、一人の男が春香の尻に性器をねじ込み、太った男はそれを満足そうに眺め、春香の胸に爪を立てる形で触る。

 加減を知らない男達の手によって春香の胸や性器からは血が流れる。

「うわっ、汚ねえ、こいつ血を流しやがった!」

「云うことを聞かない奴には徹底的にお仕置きする必要があるな」

太った男はそう云うと春香の顔面を殴りつけ、床にたたきつける。そして、再び馬乗りになり、陰部に性器をねじ込ませた。

 頭が割れるように痛む。割れた頭蓋骨から脳汁があふれ出るような痛みが僕の全身を襲う。そして春香の陰部からは白く汚いドロっとした液体が流れ出た。

「うわっやべぇ!!射精しやがったぞ!!」

 部屋は小学生がはしゃぐ勢いで大盛り上がりだった。そして北野はとどめと云わんばかりに春香の尻に指を入れ込み、荒々しくかき回した。そしてそれをカメラに見せつけるようにする。

 撮影係である男の一人が春香の尻と北野の汚い指をアップにした。

「今日はこんなもんで良いだろ」

「おい、何立ち上がってんだ、早く死ねよ」

 立ち上がろうとする春香の顔面を押さえつけ、男達は春香に暴行を加える。

 無抵抗な春香を蹴り、殴り、踏み潰し、気づけば春香の体は赤黒い血だらけだった。

「あーあ、気絶しちゃった、おい、いつまで撮ってんだよぉ」

 気がつけばビデオは終わっていた。体が熱い。痛い。胃が激しく音を立て胃液が逆流しそうだ。大量の吐瀉物の中には自分の流した大量の涙が混じっていた。奥歯を噛みしめ、何度も吠える。何度も、何度も、何度も。

 そして、僕の考えにふと、こんな考えが浮かんだ。

 ―このままこのビデオを長城に渡すべきか。

 確かにそうしてしまえば、この動画で春香を蹂躙した男達はすぐさま特定され、逮捕されるだろう。でも、それは僕の望んだことか?

 仮に奴らが逮捕されたとしても、それで刑務所に収監されることになっても二十年、十年、下手すれば数年後には釈放されてしまうかもしれない。そうなる前に、僕がこの手で奴らに断罪すれば……。

頭がかち割れるほど悩んだ末、結論は出なかった。

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