交通事故に遭ったバイクが異世界の街道に転生した件
神通百力
交通事故に遭ったバイクが異世界の街道に転生した件
私の主人は暴走族の総長だった。主人は暴走族仲間とともに、住宅街を我が物顔で走っていた。毎夜のように、轟音を鳴らしながら、住宅街を走り抜け、近隣住民に迷惑をかけるのを生き甲斐にしていた。
私はそんな主人が愛用するバイクだった。主人のカスタマイズによって、車体は鮮やかな赤とピンクが混ざったような色合いであり、なかなかの派手さ加減だった。といっても、当時の私には派手かどうかの意識もなかったけれど。
主人は飽きもせずに、暴走族仲間と住宅街をバイクで走り回っていたけど、ついに運命の日がやってきた。主人にとっても、私にとっても、運命としか言えない日だった。
その日、主人はいつも以上にスピードを出していたために、トラックと衝突して交通事故を起こした。主人は即死で、私自身も完膚なきまでに壊れてしまった。
そのはずだったのだけど、なぜか私は異世界の街道に転生していたのだ。訳が分からずに戸惑っていた私の前に、アホ面を下げた女神が現れた。腹立たしいことに、女神は鼻をほじりながら、私の身に起きたことを説明し始めた。
アホ面の女神によると、単なる気まぐれで私を異世界の街道に転生させたらしい。その際に、以前はバイクだった私に自我を芽生えさせ、異世界の住民の言葉を理解できるようにさせたとのことだった。女神の計らいのおかげと言うべきか、少しずつ主人との思い出が蘇ってきたのだ。バイクだった頃は自我がなかったものの、車体にはしっかりと主人との思い出が宿っていたのだろう。
女神は私の身に起きたことだけを説明し、異世界については教えてくれなかった。今、思えば、説明するのが面倒くさかったのかもしれない。
何にせよ、私は異世界の街道として生きていくしかないのだ。
まだ異世界の街道に転生してから、一週間くらいしか経っていないが、バイクだった頃が遥か昔の出来事のように感じた。
☆☆
私の上を行き交う人々の会話でいくつか分かったことがある。私が転生したのはヴァグラルン街道であり、ヴァグラとラルンという街を繋いでいることだった。この二つの街を繋いでいることから、ヴァグラルン街道という名前がついたらしい。ヴァグラルン街道が、ルバイク国内の南地方にあることも分かった。
まあ、街の名前を知ったところで、私はヴァグラにもラルンにも行くことはできないけど。街道に転生したために、その場から動くことができないのだ。
バイクだった頃は、主人が住宅街を走り回ってくれたおかげで動くことができた。もちろん主人が運転してくれないと、自分では動けなかったわけだけど。住宅街を疾走していた頃が懐かしく感じる。今はバイクだった時みたいに、街中を疾走することができないし。もう街中を走れないのは寂しい。
私を大切に思ってくれる人もいない。主人は毎日のように、私を手入れしてくれた。それも話しかけながら、私の車体をタオルで拭いてくれていた。だから主人は私のことを大切に思ってくれていたし、愛情も持っていたと思う。けれど、主人はもうこの世にはいない。
私なんかじゃなくて、主人を転生させてくれれば良かったのに。どうして人間ではなく、バイクを異世界転生させるんだと思わずにはいられない。単なる気まぐれで転生させないでほしい。転生される側の身にもなってほしいものだ。
そんな風に思っていると、私はいきなり激痛を感じた。ズシリと重い衝撃が私の中を駆け抜けていく。
私の上――つまりヴァグラルン街道にドラゴンが着地したことで起きた衝撃だった。街道に転生したことによる一番の悩みがコレだった。私の上を人々が行き交ったり、ドラゴンが着地するたびに、激痛が走るのだ。人々が行き交うだけなら、痛みも小さくて済む。だが、ドラゴンは巨体のために、より衝撃が強くて痛みが伴うのだ。街道に転生した初日は、あまりの激痛に意識が飛んだほどだった。
ルバイク国はそれぞれの街で一匹のドラゴンを飼っているらしく、食料や物資を運ぶ役割があるようだった。ヴァグラやラルンのドラゴンは、どうやら私が転生したヴァグラルン街道を休憩地点にしているらしく、一日に何度も着地していた。食料や物資を小分けにして運ばずに、一度にすべて運んでくれたら、私への負担も減るのに。巨体なドラゴンに何度も着地されたら、私の身が持たない。
ヴァグラルン街道に転生させた女神が腹立たしくて仕方なかった。復讐したくても、まったく動けないから、女神に会いに行くこともできない。
私はこの先もずっと痛みに耐えるしかないのだ。ヴァグラルン街道自体は衝撃に耐えることができても、私の心が耐えられるかの自信がなかった。
ふと、どこかで――女神のあざ笑う声が聞こえた気がした。
交通事故に遭ったバイクが異世界の街道に転生した件 神通百力 @zintsuhyakuriki
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