イトコイー従姉妹に恋してしまいましたー
つくね
第1話 再会
何も無い朝。何も無い昼。何も無い夜。
仕事、車、たまに音楽。
そうやってただ日々を過ごしている。
青春なんて、子供のおもちゃだ。
それが世の理。社会人はそうやって生きている。
「おい、奏汰ァ!!」
狭いオフィスに怒鳴り声が響く。
奏汰。水島奏汰。あ、僕が呼ばれてたのか。
あまりの声の大きさに驚いてしまって、しばらく自分が呼ばれていることに気が付 かなかった。
声の方を見ると僕の上司、山崎さんがこちらを睨んでいる。
山崎さんの見た目は野球部の顧問みたいな感じで、迫力がすごい。睨むときの眼力 もすごい。まぁ、坊主ではないけど。
オフィスに居る社員の視線も、山崎さんに集中していた。
やがてしびれを切らした山崎さんが、僕の方へ歩いてくる。つられるように、みん なの視線も僕に向かう。
「お、お疲れ様です。ヤマさん。...えっと、どんなご要件で?」
僕が恐る恐る問いかけると、山崎さんはバン!と大きな音を立てて、僕のデスクに書類を叩きつけた。
”分かってるよな?”とでもいいたげな表情だ。圧がすごい。
待ってくれ、まじで心当たりがない。
「......あのぉ」
「奏汰!!」
「はひっ!」
「お前が引き受けた仕事はなんだ?」
「新しい5ナンバー規格(小型という意味)のハイブリッド車の企画です」
僕がそう言うと山崎さんは一層表情を険しくし「じゃあ、これはなんだ?」と言っ て、僕のデスクに叩きつけられてくしゃくしゃになった書類を広げてみせた。
そこに書かれていたのは、僕が作った車の原案。
これになんの問題があるというのだろうか。
「き、企画の原案ですよ。なにかミスでもありましたか?」
「ミスも何も...」
山崎さんは大きくため息をついた。
他の社員はそれで何かを察したようで、そそくさと自分の仕事に戻っていた。
「おい、奏汰。お前が所属しているのは大手の自動車メーカーなんだ。分かってるか?」
「はい」
「じゃあ、なんだこの企画書は!!お前はランボルギーニでも作りたいのか!?」
山崎さんは先程よりも大きな声で、怒鳴りつけるようにそう言った。
「え?なんですかそれ」
僕は確かに普通のコンパクトカーの企画書を送ったはず。
でも、山崎さんの手に握られている書類には確かにランボルギーニに乗せるような ゴツいエンジンの画像が載せられていた。
まさか、コンパクトカーにそんなスポーツカー用エンジンを乗せるはずがないし...
「あ、」
「なんだよ」
「すいません。それ、プライベートで書いてたフェラーリのカスタム案です」
僕は大手自動車メーカーでエンジニアをしている。その際に取得した”自動車整備 士”の知識を活かして、休日にはよく趣味で車を改造しているのだ。
これは叔父のフェラーリF8トリブートという車のカスタムを頼まれて数日前に作った原案だった。
それを間違えて会社に送ってしまったのだろう。寝ぼけていたし。
事の顛末を説明すると、段々と山崎さんの顔に青筋が立ち、話し終わると僕は別室 に連行されたのだった。
「くっそーぉ」
明日は日曜日。休日だ。
しかし仕事を終え帰路につくも、気分は上がらない。
あの後、山崎さんには別室でこっぴどく叱られた。
僕はドジな方で説教には慣れているけど(普通は慣れるものじゃないことは分かっ てる)、山崎さんのガタイの良さやら、顔の迫力やらが全て恐怖につながってしまっ て、ものすごく精神をすり減らされる。
本当に、ヤスリみたいな人だな。あの人。
「はぁー」
ため息が漏れる。
本当に疲れた。
ストレス発散にやけ酒でもしたいところだけど、あいにくそんなことに付き合ってくれる友人はいない。
僕はコンビニで酒とつまみを買って、家に向かった。
ワンルームのマンション。
いざ我が家についてしまうと何をやる気も起きなくなるもので、僕はスーツのまま ベッドに飛び乗り、缶ビールのプルタブを開けた。そして中身を半分くらい、一気に 飲み干す。
口の中に苦みが広がって、それが心地良い。
仕事のストレスが晴れていく気がした。
ピンポーン
数十分が経ち、ビールの2缶目をちびちびと飲みつつ、つまみのビーフジャーキー に手を伸ばしていると、玄関のチャイムが鳴った。
「荷物なんて頼んでないんだけどなぁ」
晩酌を中断されたことに若干イライラして、営業かN◯Kなら帰ってもらおうなんて考えながら、僕は缶ビール片手にドアを開けた。
が、そこに居たのは営業でもN◯Kでもなかった。
白いTシャツに黒いズボンで、いつの間にやら降り出した雨に濡れている知らない女性がそこに立っていた。
黒い長髪で覆い隠された顔。スレンダーで華奢な体格。歳は僕より少し上だろうか。
知らない女性。確かに知らないはずなのに、なぜか懐かしく感じる。
不思議だ......。
「君は...誰?」
僕が問うと、彼女は雨で顔に張り付いた前髪をかき分けるようにして言った。
「本当に、覚えてない?」
僕の目に飛び込んできたのは、端麗で、どこか可愛らしい、女性の顔。
そんな女性を僕は知らない。
でも、その面影は僕の記憶の中のひとりの少女を思い出させた。
「もしかして...美晴さん?」
僕がそう言うと、彼女は嬉しそうな顔で「うん」と頷いた。
そして真剣な表情になると、申し訳無さそうに、僕に頭を下げた。
「突然ごめん。お願い。奏汰、しばらくここに泊めてください」
「え?」
再会の感動もつかの間、彼女から発せられた一言に僕は固まった。
手から力が抜けて、右手に持っていたビールの缶が床に転がる。
僕の視線が美晴さんに釘付けになった。
「あ、あのさ美晴さん」
「だめ...かな?」
「あの、話は一旦後にして、お風呂にでも入って。......色々とさ、透けてるから...雨で」
美晴さんは緩めの白Tシャツを着ていたが、僕に頭を下げた時に張り付いて水色のものが透けてしまっていた。
僕は気まずくなって逸らした目線を、できるだけ”それ”を見ないように彼女の顔に戻す。
彼女は耳まで真っ赤になって、胸元を手で隠していた。
ものすごく気まずい。
「......とりあえず、部屋入ろうか」
「......うん」
美晴さんは僕の従姉妹だ。
今の歳は僕が23歳、彼女が25歳と2歳差で小さい頃はよく一緒に遊んでいた。
とは言っても、住んでいるところもそこそこ離れていたので、歳を重ねるごとに疎 遠になってしまい、かれこれ中学生から会っていなかった。
中学生ともなると異性として意識してしまって、距離感が掴めなくなってしまったのだ。
彼女がどうであったかは知らないが、僕ははっきりと”異性”として美晴さんを意識 していた。
そして、これは誰にも言っていない秘密の話だが、僕の初恋の人は紛れもない美晴 さんだった。
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