第八話 帝の頼み
黄金に輝いた玉座に堂々と座っている青年は、屈託のない笑顔を浮かべた。
腹の底が一瞬にして冷えていく。
視線はまた光沢あるレッドカーペットに戻った。
「……恐れ多いのですが、御上。魔塔の主とは一体どう言った者でございますか?」
「まさか其方、魔塔の主を知らないのか。面白いな、流れ者というのは。」
装飾にも負けない程の輝きを持ったその瞳で、まるで、新しいおもちゃを見つけたかのように、久遠を興味深そうに見つめていた。
「魔塔の主は、その名の通り、魔塔を管理している魔法使いのことだ。ただの魔法使いでもなく、宮廷魔法使いでもない。そんな枠に収まらなかった魔法にしか頭にない奴らが行き着く先が、魔塔なのだよ。」
「そこで、一体何をなさっているので?」
怯えもせず、ただ純粋な眼差しを向ける久遠に、国王は微笑した。
「管理だよ。この世には、存在していい魔法と、存在してはならない魔法があるのだ。アメリアは、知っているだろう?」
突然名前を呼ばれ、どきりと胸がすくんだ。
見上げれば、程遠い高さからこちらを見下ろしている国王の姿が目に映った。試しているかのような目つきに囚われながらも、なんとかして声を振り絞る。
「……はい。禁断魔法が、存在してはならない魔法と存じております。」
「お見事。そう、禁断魔法は国の法律で使用や研究を禁止しているのだ。しかし、遠い昔は使用を許可していたみたいでね。魔導書は残っているのだよ。結界によって燃やすこともできないし、どうしようもなくて、その魔導書を管理するために、魔塔が作られたんだ。これで、わかったね?」
「はは。ご説明、感謝申し上げます。」
礼儀正しく礼をした姿を、国王はじっくりと見つめていた。そして、乱れたローブを擦りながら、足を組み直す。
「本題に戻そう。先ほども申した通り、其方らには魔塔の主の捜索を頼みたい。先ほど、昨夜のタンザナイトドラゴンから、服従の魔法が検出されたと報告が来た。」
服従の魔法。
禁断魔法の一つで、家畜や魔物、人間を一瞬にして支配下に収める魔法だ。
ドクンと音を立てる脈拍が、次第に遅く、そして強くなっていく。
「先ほどの話を聞けば、わかるだろう?禁断の魔法はあってはならない魔法だ。使ったものは即処罰しなければならない。しかし、昨夜襲撃があった村の周囲から、魔力が探知されなかったのだ。これは、由々しき事態だよ。」
カツン、と革靴で音を立てて立ち上がった国王は、前へ歩み出た。
「では、管理していた魔塔を調べるしか方法がない。しかし、今の代の魔塔の主は少々変わったお人でね。魔塔ごと姿を暗ますものだから、軍を派遣しようと思っても派遣できない。」
「……しかるに、私どもにご依頼を?」
「さよう。其方は、タンザナイトドラゴンに人の手が加わっているということを見破った。きっと、その陰陽師とやらの力が役立つだろう。」
一段。さらにもう一段と、その足を進めて下がってくる。そのシルクのような短髪を揺らして、うっすらと笑みを浮かべながら。
「そして、アメリア。其方は、よく耳にしていた。呪われた魔法使いだと。」
刹那、顔を上げた先で、彼はその純金の眼差しを鋭くこちらに向けていた。身の毛もよだつほどの、恐ろしい眼力で、二段上の高台から見下ろしている。
「……しかし、其方の中に眠る呪いは魔法使いにとって名誉なことだ。魔塔の主は、其方を気にいるかも知れないな。」
くるりと背を向けて段差を上る国王の背後で、アメリアの心臓は激しく音を立てていた。静かな謁見室でバレないように呼吸を整えようとすると、吐き気が止まらない。
彼は、見抜いた。
たった数秒、二段上の場所から、瞳を見ただけで。
国王は、玉座に再び座り直すと、少年のような飾り気のない笑顔を浮かべた。
「安心したまえ。無事、魔塔の主を見つけ出し、ここに連れ帰ってきたのなら、其方らの願いを叶えてやろう。」
そう言い放ち、国王は、指をパチンと鳴らした。
背後の華やかな金の扉が使用人によって開かれる。その様子をただ見るだけのアメリアと久遠に、国王はゆったりと微笑んだ。
「返事は一時間後にここで聞こう。それまで応接室でゆっくり考えるといい。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます