第2話 不吉な予言
龍ヶ崎小学校を会場として行われる大祭では各部落の男達による龍権現舞、女達による小踊りなどが披露される。太鼓や笛の担当班も混じり、本番までの間約1か月に及ぶ厳しい稽古が行われる。
小学4年の龍心はささらのメンバーとして今年初めて祭りに参加していた。裾に金の横線の入った黒い羽織を纏い黒の地下足袋と草鞋を履き、顔に白粉と紅を塗った自分はまるで異界の住人になったようで誇らしかった。
龍心の家は代々神職で、岬神社を営んでいる。龍神祭も亡くなった祖父に代わり神主となった父龍渓が主導しているが、今年の大祭はこれまでと事情が異なっていた。大瀧神社の神主と岬神社の神主である父との確執により、今年に入り急遽大瀧神社が大祭への参加を辞退した。そのため今年は岬神社のみでの開催となったのだ。
祖父の龍然は鷹揚な性格で町の誰からも慕われる神主であったが、父の龍渓は頑固で粗暴、人の意見を聞き入れず独善的だった。金が絡むと殊更汚く、地区の人達から寄付という名目で多額の金を受け取り私腹を肥やしていた。そんな性質だから長らく良い関係を築いてきた相手の神主とも関係が拗れ、大祭に大きな影響が出てしまった。
龍心は父から可愛がって貰った記憶など殆どなく、テストで良い点数を取っても運動会の徒競走で優勝しても「1番になるのは当たり前だ」と憮然と返された。酒乱で母に対する暴言暴力は当たり前。三年前に祖父が死に、一年前に龍渓を溺愛していた祖母のキヨが病に倒れてから余計に酒癖と暴力が悪化し、母の身体には生々しい青痣が増えていった。
龍心は父が嫌いだ。いっそ黒龍神に祟られて死んでしまえと願ったことすらある。
背中に黒龍の模様のついた青い半被姿の男衆によって、本殿から運び出される神輿を恨めしく眺めた。あんなに何度も祈ったのに龍神は父を殺してはくれなかった。父のせいで祭りも不完全な形の開催となってしまった。いっそあの神輿に潰されて死んでしまえば、自分も母も幸せに暮らせるのに。
ふと昨夜の祖母の言葉を思い出した。病床でぼんやりと天井を眺めていた祖母は、傍に座る龍心の手首を突然筋張った右手でがしっと掴んだ。落ち窪んだその眼は血走って、ひび割れた唇が震えながらゆっくりと開いた。
「禍いが起こる。血が流れる……沢山の血が」
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