林檎爆弾

ふあ(柴野日向)

 親父が林檎爆弾にやられた。全身に林檎の破片が突き刺さっていたらしい。らしいというのも俺が対面した時には、既に身体から林檎の破片は取り除かれていたからだ。

 近年フルーツテロ集団の暗躍は激しさを増し、渋谷のシンボルが根こそぎ破壊されたことも記憶に新しい。煩悩数にプラス1したその建物は、各階に仕掛けられた総数五百個の林檎爆弾で跡形もなくなった。

 奴らは親父を邪魔に思ったに違いない。皮の中に無数の房を秘めた蜜柑は、その房の一つずつを爆薬とすることで、フルーツの中でもトップクラスの威力を発揮することが予想される。ここ数年不作が続く蜜柑農家の親父は、フルーツテロリストが独自のルートで蜜柑畑を買い取ろうという提案を断った。その規模はゆうに億を超えていたが、親父は蜜柑農家の鑑だった。この蜜柑は世界の子どもたちの口に入るべきだという信念を曲げなかった。

 そして彼らの報復にあった親父の口には、一個の可愛い姫林檎が入っていた。やつらのイニシャル「F」が刻まれた林檎。これ以上ない屈辱だ。警察から渡された姫林檎を握り潰し、俺はフルーツテロリストの撲滅を誓った。


 フルーツに特殊な薬物を注入し育て凶器を生み出す――。二十一世紀の超優秀な頭脳たちが寄り添い生産したメソッドが何処かにあるという噂は、初めは都市伝説として広まった。誰も本気で信じてなどいなかった。

 そのメソッドの一端が盗み出され、日本で初めて誕生したフルーツ爆弾はメロンだったという。フルーツテロリストが警視庁に投げ込んだメロン爆弾はあらゆるメディアで話題になった。不発弾でよかったという言葉が消えぬ間に、たちまちフルーツテロリストの暴挙は幕を開けた。

 俺は寒風吹きすさぶ商店街を歩いていた。コートの裾を風にはためかせ、買い物に出るおばちゃんたちの間を縫って歩く。庶民派の商店街には、肉屋、魚屋、そして八百屋が軒を連ねている。自然と視線は八百屋に向く。

 人々は、果物の誘惑に抗うことはできなかった。火を使う前から我々の祖先は大地に実る果実を摂取して生き延びてきたのだ。その血の訴えを無視することなどできない。この身と心に刻まれた果実の甘味、酸味、たまに苦みと何よりも瑞々しさ。フルーツが八百屋から姿を消すことはなかった。万が一にフルーツ爆弾とすり替えられている危険性があれど、人類の本能は完全にフルーツの摂取を断つことは出来なかった。

「安いよ安いよー! ほれ兄ちゃん、見てみなこのツヤ! 彼女か奥さんにも食べさせてあげな!」

 八百屋のおばちゃんがぐいぐいと迫ってくる。この威勢と活気はテロリストにも奪えまい。

「おばちゃん、これ喰ったら爆発したりしないよな」

「なに言ってんだい!」おばちゃんは平手で俺の腕を殴る。「正真正銘、ふるうつだよ! 兄ちゃん失礼だね、これ全部買っていきな!」

 周りの主婦や子どもたちまで笑うサザエさんのような一幕に、俺も苦笑して金を支払った。カゴに盛られた五つの林檎は、サービスのビニール袋に詰め込まれた。再び歩き出しながら一つを手に取り、艶のある赤をじっと見つめる。カクテルに酔った彼女の頬もこんな色をしていたな。追慕に心を奪われつつ、瑞々しい林檎に齧りついた。


 マリアという彼女が日本人でないのは明らかで、ブロンドの豊かな髪と抜群のスタイルは周囲の目をとかく引いた。誰よりも印象深い彼女と俺が一緒に過ごせたのは、僅か半年のことだった。

 まさかこれほど目立つ女性がスパイだとは誰も思わなかったに違いない。俺も予想外だった。いや、その仮定を立てることを心の底で避けていたのだろう。彼女が俺に近づいた理由を、無粋なものに替えたくなかったのだ。

 政府の対テロ部隊に追われ、致命傷を負ったマリアは俺の腕の中で力尽きた。その時点で俺は自分がフルーツテロリストに名が知られていることと、彼女が俺に接近した理由を知った。だが、そこに俺たちにしか分からない繋がり、絆というものが確かに存在したのは間違いない。

「good luck……」彼女が母国語を口にしたのは、初めて出会ったバー以来だった。「……my bae(私の愛する人)」

 英検三級の俺は、帰国子女の友人にそれとなく彼女の最期の言葉について尋ねた後、こっそり涙で頬を濡らした。そして彼女が教えてくれたフルーツテロリストの総司令部の場所は、誰にも伝えないと誓った。俺が決着をつけなければならない。親父を死に至らしめ、彼女の死のきっかけとなったフルーツテロリストは、俺がこの手で必ず滅ぼすのだ。

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