第59話黒の女神の進歩


歌うことは昔から好きでした。

部屋でひとり、お気に入りの曲を口ずさむ時間は、私にとってかけがえのない時間だったのは事実です。

だけど、それを人前で披露するのはずっと怖かった。

『誰かに聞かせるだなんて、私には向いていない』

先生に指名された時だって、高校生になっても少しあたふたするそんな私が、今日、初めて「歌ってみた」動画を投稿しようとしているなんて、数年前の自分が知ったらきっと信じられないでしょう


「本当にこれでいいんですかね…?」


投稿ボタンに指を伸ばしかけては引っ込める私に、スマホのスピーカーからは咲茉ちゃんの声が聞こえます


「澪ちゃん、大丈夫だって!歌声も編集も完璧。ほら、思い切って押しちゃおう!」

「そ、そんな簡単に言いますけど…これって、もう後戻りできないんですよね?」


私は画面を見つめながら深呼吸した。歌ったのは、蒼君がお気に入りの曲

何百回も蒼君と聞いた曲、たくさん聞いていたので歌うこと自体は苦戦しませんでした。


「ここまで来たんだから、やるしかないでしょ?」


咲茉ちゃんの背中を押すような言葉を聞き、私はついに決心を固め、指が震えるのを抑えながら、投稿ボタンをタップしました。

画面には「動画を投稿しました」という文字が表示される。思わず息を呑んで、その場で硬直してしまう。


「で、できました……」

「凄いじゃん!」

「これ、誰かが見てくれるんでしょうか…?」

「もちろんだよ!澪ちゃんの歌声なら絶対にファンが付くって!」


彼女の明るい言葉に少しだけ救われた気がしました。投稿した動画の再生数はまだゼロだったけど、これからきっと誰かが聞いてくれる。それが嬉しくもあり、怖くもあった。


「相談とかしてね、困った時は助け合おうね」

「はい!」


そして、スマホからは規則的にぷー、ぷー、という音が鳴り響いていました


よし、後は待ちですね


そして、私は動画を初めて投稿した緊張感が、少しずつ体から抜けていくのを感じながら、私は蒼君の布団に寝転んだ。心臓の高鳴りはまだ完全には収まっていないけれど、投稿を終えた達成感と、少しの安堵が胸に広がっている。


天井を見つめながら、ふと小さな笑みが漏れた。咲茉ちゃんには本当に感謝しないといけない。あんなにしつこく勧められなかったら、きっと今日という日は訪れなかっただろう。自分の歌声が誰かに届くそれだけで、なんだか胸がじんわりと温かい気持ちになれる。


でも――。


隣を見ると、そこにはいつも一緒にいるはずの蒼君がいない。


「…そうだった、蒼君、合宿……」


小さく呟くと、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚がした。蒼君がいないのはたった数日間のこと。それでも、いつも隣で私の些細な話を聞いてくれたり、夜中にふと目が覚めたときに安心感をくれる存在がいないのは、こんなにも寂しいものなんだと気づく。


枕に顔を埋めて、大きく息を吐く。私の大好きな蒼君の匂いのせいでいつもの添い寝の記憶が頭をよぎる。私の髪型を崩さないように優しい手つきで髪を撫でてくれたこと。


きっと彼がいたら「頑張ったね」と囁いてくれる

どれもこれも、思い出すたびに胸が切なくなる。


「…蒼君、今頃どうしてるのかな。」


合宿だから、きっとバスケの練習で忙しいんだろう。それでも、蒼君のことだから、部活の合間に周りのメンバーと楽しそうに話している姿が思い浮かぶ。携帯を手に取り、メッセージアプリを開くけれど、送るべき言葉が見つからない。


「ただ…寂しいだけなんだけどな。」


ポツリと呟いて、また枕に顔を埋める。蒼君の不在がこんなにも私に影響を与えるなんて、自分でも驚いてしまう。


「早く帰ってきてほしいな…。」


声に出してみたところで、すぐに帰ってくるわけじゃない。でも、それでも、誰かに言いたかった。そのくらい、この寂しさは大きなものだった。


でも、今会っても少し気まずいですよね……流石にご飯抜きはやりすぎました。

彼は成長期なのに、なんでお嫁さんである私が彼の邪魔をしているんでしょう……バスケにおいて身長は大切なのに……


少しだけ蒼君を想いながら目を閉じ、申し訳ない気持ちと寂しい気持ちが混ざっていました


「蒼君、早く帰って来て……」


静かに呟いて、私は眠りにつこうとしました

蒼君が帰ってくる日を、指で数えながら


◆◆◆


「よっしゃー!!!」

「っ、るっせなー」

「あ、めんご」


おれは推しがガチャで排出された喜びで騒ぐと、動画サイトで音楽を聴いていた志歩に注意されてしまった


90連で出て来てくれてありがとう


おれはガチャで排出された推しのイラストを舐め回す勢いで上下左右、見落としが無くなるまで見た


「お前キモイよ」

「は?黒髪ロング清楚は美しいだろ」

「きっしょ」

「お前、親に今日が命日ですって送っとけば、ホテルに着いたら覚えとけよ」

「いやー、くろかみロングはしこーです」

「棒読みやめろ」


おれは早く目的地に着いてほしかった。

理由は簡単、今すぐにでも志歩という男を殺したかったからだ


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