第10話黒の女神は買い物に行きたい

完璧なオフをすごし、急遽無くなった金曜も有意義に過ごしたつもりだった

――あの爆弾さえなければね


「金曜日が部活休みって珍しいですね」

「なんか、急遽休みになったらしい。詳しい事情は知らん」

「因みに、土曜日は?」

「練習試合」

「ですよね」


そう返した瞬間、澪の表情がふっと曇ったのが見えた。普段はどこまでも冷静で、感情をあまり表に出さない彼女がこんな風に見せるのは珍しいし、正直なところ驚いた。


「澪、なんでそんなに落ち込んでるんだい? 何か用事があるの?」


おれが尋ねると、澪は視線を少し泳がせてから、小さな声で呟くように言った。


「…いえ、その…実は、蒼君と一緒に、買い物に行けたらいいなと思っていたので…。久しぶりに二人で、その、少しだけでも…」


上目遣いで言っていいた

一瞬、俺の心臓が跳ね上がる。澪が、俺との買い物のために時間を取ってくれようとしていたなんて。

澪にも、一応、女子には友達がいるので特別な理由がなければこんな風に誘わず、女子と買い物に行くだろう。だからこそ、照れと驚きが混ざった感情が胸に広がった。

あいつらに自慢して―



「…そうだったんだ」


俺は思わず口元を緩めながら言った。普段の澪とは少し違う、どこか恥ずかしそうなその様子が可愛らしくて、なんだかこちらまで気恥ずかしくなってしまう。


「すみません、無理を言いましたね…蒼君、試合に集中しなければならないのに…」


澪が軽く俯き、控えめに言う姿を見て、胸が少し痛んだ。

そんなに気を遣わなくてもいいんだけどなぁ、

おれははそう思いながら、最適解だと思う答えを返した。


「いや、別に無理なんかじゃないよ。試合が終わったら…行けるよ、買い物」


その瞬間、澪が顔を上げて、驚いたように俺を見つめた。そして、少しだけ口元が柔らかく緩み、いつもの冷静な表情がほころんだような気がした。


「本当ですか? 試合が終わった後で大丈夫でしたら…ぜひ、ご一緒していただきたいです」


澪のそんな言葉を聞いて、思わず俺も照れてしまう。

平静を装いつつも、心臓の鼓動はバカほどうるさくなっている

ワンチャン聞こえてるぞこれ


「ああ、終わったら行こう。一緒に」


その言葉に、澪が微笑む。どこか照れくさそうにしながらも、少し嬉しそうに見えるその顔に、俺も自然と頬が緩んだ。


「楽しみにしています、蒼君」


彼女の一言で、なんだか土曜日が待ち遠しくなってきた。試合ももちろん全力で頑張るけれど、その後に待っている彼女との買い物を思うと、自然とやる気が湧いてきた。


◆◆◆


「今日は1年生ゲームもあるから、1年生はいつも以上にアップを積極的に参加して」

「はい」


1年生ゲーム

これを聞いて、興奮しない部活動生はいないだろう

なんせ、これでアピールに成功すれば、2、3年生の方に出れるようになるんだから


そして、2、3年生の試合が終わり、1年生ゲームになった

「じゃあ、……」


監督が出るメンバーを指名していく


心臓がずっとうるさい

途中出場も上手く行けばアピールになるが、もし、選べれたら、監督が考える現状の評価が一番高い5人の中ということになる


「久則」

「はい」


後2


「康太郎」

「はい」


後1


どのスポーツにおいても、入りたての頃はベンチ入り、を目指すそして、そこから更に活躍、努力をし、スタメンをもぎ取る

これを目標として、練習に励む者がほとんどだろう、おれだってそうだ

やっぱり、部活をしているのなら、皆スタメン入りはしたいに決まっている


しかし、バスケットボールの特性上、スタメンは5人、競争率の高さは一目瞭然


そんな競技でスタメン入を果たしたらどうなる?

アドレナリンがどばどばと出るに決まってるじゃないか

やっぱり買い物に行くのなら、嬉しい状態で買い物に行きたい


「蒼」

「はい!」


極度の緊張から解き放たれ、だんだんと胸の鼓動が収まっていくのを感じる


……調子に乗ってはいけない、ここでミスを連発したら元もこもない、ただ努力が水の泡になるだけ

落ち着いて


「川田がボールをメインで運び、蒼はサポートに回れ」

「はい」



川田かわだ義隆よしたか


久則と同じ3組で、こいつはパス、視野の広さがキモい


……もちろん褒めるほうのキモいだよ


「おれが止まった時に来てくれると助かる」

「まかせろり」

「とりあえず、ゴール下は康太郎と志歩で


国木田くにきだ志歩しほ

久則、義隆と同じ3組

身長は康太郎に劣るが、足の速さ、ジャンプ力、フィジカルを生かしたプレーが得意


「久則はガンガンアタックして、蒼はスペースが空いたなって思ったらバンバン撃って良いよ、リバウンドは康太郎と志歩がとってくれるから」

「流石に全部は取れないからな」


志歩が言い康太郎はうんうんと頷いた

それもそうだろう

もしリバウンドが全部取れたら最強すぎる


「じゃあ行こうか」


スタメンとして初めてコートに立った7月24日

おれはこの日を忘れる事は無いと思う





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る