第9話


「ゴミカス、クズ、ダメ人間、ろくでなし、バカ、アホ、マヌケ」


 現実世界で言われたらプッツンするであろう言葉に、私は頷くしかなかった。


「何もできないなんてレベルじゃあないわよ。2戦目なんか、途中ずっと跳ねてたじゃん。あれなに、求愛行動?」


「そうです……」


「無駄な動きが多すぎる。止まることから覚えなさい」


 すっかりカフェに戻ったテーブル席で、カレイタが何本目の煙草に火をつけた。灰皿には試合前までに吸っていたものを含めて山ができていた。


「頭では、わかってるんです。でも、身体が……」


「ダメなやつはみんなそう言う。言い訳でしょ」


「そうです……」


 どうして身体が動かないのだろう?

 頭ではわかっている。彼女の攻撃フレーム数から「夜はトイレに行けない」という小ネタまで知り尽くしている。彼女の投げ技は威力が高いことと「ピーマンは嫌いだがパプリカは大好き」という設定も知っている。知ってて当然だ。

 

『ショートケーキ、おふたつです』


 店員がおずおずと皿を置いて、即座に離れていった。客観的に見たら、上司に怒られている部下の図である。カレイタはショートケーキを素手で掴んで頬張った。実はここも原作通り。


「今、妙なこと考えたでしょ」


 鋭いことは原作にはない。


「スイマセン」


「……ま、一歩ずつやるしかないか。ほら、食いな」


 目の前に皿が差し出された。てっきり全部食べると思った。


「あ、りがとうご、ざいます」


「別に、感謝されるってほどじゃあない。今の戦闘で、ランクも上がったし」


「ランク」


 勝負に勝つとファイトマネーだけでなく「ランク」が上がる。表舞台には上がらない、隠しパロメーターのようなもので、ランクが上がるとファイトマネーも上がる、そういう仕組みだろう。少しだけ裏事情にも慣れてきた。


「しっかし、これじゃあ分析のしようもないわね」


「あの、トレモとかって、ないんですか」


 トレーニングモード、通称『トレモ』。

 自分の技やコンボを練習する場所である。相手の行動を細かく設定できる、格ゲーの御用達だ。

 

「あるわよ、表舞台だけ」


「裏にはないんですか?」


「あるけど、おすすめはしない」


「理由を聞いても」


「治安がものすごく悪い」


 現実的な理由だ。


「モブの中にもね、あたしたちみたいなプレイアブルに憧れる奴がいるのよ。そんな奴らが

溜まり場にしてる。正直、おすすめはしないわ」


「……カレイタさんと一緒に」


「様で呼びな」


 こんなこと、お嬢様である私も言ったことがありません。


「カレイタ様と一緒に行けませんか?」


「人のトレモを見ろって? 冗談言わないでよ。あれはひとりでシコシコするような場所でしょう」


「シコ」


 シコ?


「他人の自己満足に付き合っているほど、あたしは暇じゃあない。さっさとランクも上げたいし、今いるところ、ストーカーみたいな奴がいてきもいったらなんの」


 ふぁあ、とあくびをしてカレイタは立ち上がった。

机には貨幣と地図が書かれた紙が置かれていた。


「少し顔は利かせて置くから、せいぜい頑張りなさいな」


「あ、ありがとうございます——師匠!」


「し、ししょうって……や、やめなさいっ」


 不意打ちに、彼女は少しだけ顔を赤くした、ように見えた。

そう言えば、彼女は他のキャラから子ども扱いされることが多く、その度に口を尖らせていたことを思い出した。案外、裏舞台の性格も、表に影響されているのかもしれない。

 私は内心でほくそ笑んだ。

試合では身体が動かなかったが、裏では違う。

言葉もまた、裏の試合なのである。


「師匠! また会いたいです!」


「う、うああ! うああああ!」


 彼女はいよいよ逃げ出した。

 あの顔、外の世界だったらスクリーンショットで撮れていたのに。

 嵐が去り、モブキャラもほっと一息ついていた。大変な世の中である。


「お風呂に入りたいですわ……あれ?」


 カフェの料金を払おうと机の貨幣を見る。

 100ベル。現実のお金にして約1万円。明らかに金額が多かった。


(……師匠、わたくし、がんばりますわ)


 人気のメインキャラは器が違うのだと、そう思った。



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