第8話


「さ、さあ。あなたの罪はおいくら万円かしら?」


 動揺のあまり、この場にそぐわない無難な口上を述べてしまった。

 いい声の『brave your struggle!』で構えを取る。

 カレイタはふらふらとしている。これが彼女の立ちモーションだ。可愛い。先ほどのギャップを見なかったことにすれば。


『beginning!』


「ふにぃ〜!」


(開幕ぶっぱ!?)


 ショック戦と同じ展開だ——彼女はあえてそうしているのだろう。顔は笑っているのに、目は笑っていない。

 私は後方に下がり、ガードを発動しようとする。

 しかし、ぶつかるタイミングでなぜか拳を突き出した。え?


「ふにぃ〜」


「ぐはぁッ!?」


 もちろんガードは発動せず、私は壁に叩きつけられた。このゲーム、背景の奥行きに対して画面がめちゃくちゃ狭い。「もしかして正方形か?」と疑うレベルだ。

 ダウンする私に、カレイタがダッシュで詰め寄る。起き上がろうとすると、すでに溜め攻撃のモーションに入っていた。


(これは、中段技!)


 私は立ったまま再びガードをしようとした。

 技が当たる瞬間に、なぜかしゃがんだ。ええ?


「むにゃあ〜」


「うぎぁッ!?」


 これが入ると、後の祭り。クソ痛コンボの始まりである。


「ぅゅゅゅゅゅゅ!」


「ぶびびびびび」


 コンボ内容は省略する。

結論から言えば、6割持っていかれます。

 ようやく地上に降り立ったとしても、彼女は目の前にいる。


 この状態、相手は何をしてくるか——そう、『投げ技』である。

立ち上がりの際に重ねられた攻撃はガードによって防ぐことができる。

それを防ぐのが投げ技、ガードができない技である。


これを回避する方法は主に三つ。

無敵になる必殺技を打つか、すぐにジャンプをするか、こちらも投げをするか、になる。いわゆる『択』と呼ばれるものだ。

 

(これは、投げ!)


 カレイタはパワータイプだが、投げ技が発生するまでが比較的速い。彼女が近付いてきた場合には、投げをしてくることが多い。このゲームを愛する者として当然の判断だ。

 立ち上がった瞬間、私は投げ技を発動させる。

彼女も投げ技を発動した——よし、これで防げる!


「かれーたちゃん投げ〜」


「イギャアアアァァァ」


 投げられたんだが?

 私の投げ技は発動しなかった。指すら動いていなかった。

 

『one sided!』


 ええ声が降ってくる。

ノーダメージのパーフェクトゲームのアナウンスだった。


「ちょっと、何してんのよ」


 画面の暗転時にカレイタが手を伸ばして起こしてくれた。


「わたくしにもさっぱり……」


「まるでズブの素人じゃあないの。こんなんでこの世界でやっていけると思ってんの?」


「無理です……」


「やべ、始まるッ。ほら、セットしろ!」


「ひえェ〜」


 勝負にもならない勝負が、再び始まる。


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