凶悪なるダンジョン破壊の申し子~~ダンジョンがある世界での爪痕の残し方~~
狐雨
第一章 前座
第1話 ダンジョンのある世界
カツ、カツ、という硬質な床に甲高い足音を鳴らしながら、俺はダンジョン対策本部の廊下を悠然とした態度で練り歩く。特に目的もないが、先程、活動報告の方を済ませてしまったため、手持ち無沙汰になったのだ。どうせなら会いたい人もいるため、彼女とたまたま遭遇しないかな、という思いを込めてブラブラとそこら辺を今は歩いている。
「よぉ雄介」
途端、何の前触れもなく真後ろから声を掛けられた。警戒も何もしていなかったため、その人が後ろにいたことに気が付くことができなかった。
「久しぶりですね。緋彩さん」
俺は声を掛けてきた女性、会えないかな、と思いながら探していた人物である、
緋彩さんは俺の隣に並びながら歩きだす。俺もそれについていく。
「気配を消して近づくとは卑怯ですね」
「そう言うな。というかこれに気付けないとは、お前もダンジョンばかりで対人戦に鈍りがきているんじゃないのか?どうせならあたしが修行をつけてやろうか?」
俺を馬鹿にしたような口調で煽る彼女の声音は、誰が聞いても嬉しそうな声だ。ほら見てみろ、緋彩さんの不愛想な口元が緩みまくってるぞ。
「勘弁してください。正直あなた相手に対人戦は拷問以外の何物でもないので、最後にやりあった時は俺のことをボコボコにしましたよね?それ地味にトラウマになってるんですよ」
「はっはっは!いつの話をしてるんだ。今のお前は単独でダンジョンを破壊できる程までに成長しているだろうが。噂で訊いたぞ、またダンジョンの一つを壊してきたんだってな」
緋彩さんは俺の顔を覗き込みながら、そう言った。
確かに今回の本部帰還もそのダンジョン破壊の成果を報告するために帰ってきたのだ。普段は数か月単位で都内に帰ることも珍しくないが、最近はもっぱら調子がよく、サクサクと破壊を進めることができているのだ。
それは同じダンジョンブレイカーの立場にいる緋彩さんの耳に届いていたとしてもおかしくはない。
「そういう緋彩さんはどうなんですか?今は特級ダンジョンの異界侵攻を食い止めてるって訊いたんですが……」
俺は話を逸らすために緋彩さんに話を振った。
すると途端に彼女の表情に薄く影が差す、彼女と長い付き合いである俺くらいにしかわからない程に、薄く、小さく、静かに目線を下げた。
「……あぁ、最近になってダンジョン内で出没する無知能モンスターの潜在能力が飛躍的に上がっていてな……それで今日ここに来たのもお前に援助を受けてもらえないか、という情けない願いを言いに来たんだ」
「緋彩さん、どういうことですか?よりにもよって特級ダンジョンのモンスターが強くなってる…?いくらなんでも冗談キツイですよ…」
綾崎 緋彩。彼女はダンジョンブレイカーというダンジョン攻略者の頂点に位置する立場に席を置く。そもそもの話、ダンジョン攻略者というのは名称がわかりづらいだけで、戦争屋や軍人と言っても差支えのない職業なのだ。ここ日本では異世界からの侵攻戦力が世界で最も多く集まる場所でもあるため、その異世界とこの世界を繋ぐダンジョンを攻略する者達の強さも世界的に見れば超上澄みと言ってもいいだろう。実際、他国では侵攻戦力が迫っている国は大国のいくつかや、発展途上の国にほんの少しあるくらいだ。
つまりダンジョンの数で言うと日本は他国の数十倍以上の数を誇っている。まったく嬉しくもない話だよな。
それならばなぜ日本にダンジョンというものが多く存在しているのか、それはダンジョンが初めて出現した数百年前の時点で異世界と最も繋がりの強い国が日本だけだったからだ。
神というものを身近なものに例えていた日本であったとしても、そこまで極端なまでな結果になることはなかっただろう。さらなる要因として挙げるとするならば、この国には既に魔力という異世界のエネルギーを持った者が現れていたことだとも言われている。
魔力、ダンジョン出現と同時に他国ではその力を持った者が出てくるようにはなったが、地理的に、そして次元的にも異世界に染まりやすかった日本は、魔力を持った者が先んじて生まれてしまったと言われていたりする。
そして現代、今の時代はダンジョン出現時の絶望の淵に立たされていたような絶望感は漂ってはなく、ダンジョン攻略者という一つの職業として世間に密接に親しまれるようになったのだ。
そして技術が遥かに進歩した現代なら、異世界とこの世界を繋ぐ唯一の道であるダンジョンを壊すことすら可能になった。
ダンジョンの奥底には異世界とこの世界を次元で介する扉が存在する。その扉の向こうに行くことで異世界に行くことができるのだ。そしてダンジョンを文字通り壊す、扉のすぐそばにあるダンジョンコアとよばれる、ダンジョンを維持するためのエネルギー源を壊すことでダンジョン内にいる人間だけを都合よく外に出して消滅してくれる。
ただもちろん、ダンジョンを壊すということは物理的には不可能だ。それはある特殊な魔力技術を用いるのだが、、簡単に言うとそれを行うことができる方法は二種類ある。
一つは集団で行う儀式的な魔力技術だ。これは今は関係ないため飛ばす。重要なのはもう一方の単独でダンジョンコアのエネルギー源を乱れさせ、ダンジョンの維持のための供給を直接断たせ、行き場を失ったエネルギーが内部からコアを破壊させる方法だ。
これは想像よりもずっと難しく、戦闘に用いられる魔力技術をほとんど網羅しないとできないほどに、熟練度が高い技術になっている。
そのため、この魔力技術を使えるものは等しく強い。それこそダンジョンを単身で奥底まで潜り込み、そこに鎮座する侵攻の中心となっている将軍を抹殺した後にダンジョンコアを軽々と壊してしまうほどに。
それこそがダンジョンブレイカーだ。世界でも上澄みに位置する日本のダンジョン攻略者の中の更に上澄み、世界最強クラスの戦力。
その席に座るのが俺と緋彩さんである。これでわかっただろう?ダンジョンブレイカーというものの力の大きさを、そしてそのダンジョンブレイカーの一人である緋彩さんが現在侵攻を押し留めるまでしかできない程の特級クラスのダンジョンの難易度を。
「今すぐと言っているわけじゃない。あくまで近い内に協力の確約をしてくれれば、1年後でも構わない」
「……まぁ戦力が足りてないっていうわけじゃないんでしょう?貴方が言いたいのは、侵攻を押し留めるだけじゃなく、ダンジョンの破壊でしょう」
特級ダンジョンのダンジョン破壊の前例は存在しない。日本に2つしか存在しない特級ダンジョンは、ダンジョン出現当時から最高戦力の手を煩わせているのだ。
今でも片方は緋彩さんが、そしてももう片方をダンジョンブレイカーの一人が担っている状態だ。
そして緋彩さんの様子から、戦力が極端に不足しているわけではない、恐らく民間で協力してくれている攻略者達の死亡率が高い可能性がある。
上層、中層、下層、深層となっているダンジョンの階数配置に割り当てられている戦力は、緋彩さんが最前線である深層の浅いところで、その他の攻略者達は上層、中層を中心に知能のない無制限で出現してくるモンスターを討伐している。
無知能モンスターの潜在能力上昇というのはそういうことだ。緋彩さんなら今のままでも数年は持つだろう。だが民間で協力してくれている攻略者達はわからない。これ以上力が増してしまう可能性もあるため、緋彩さんは早めに手を打つべく、俺への協力を要請したのだろう。
そして俺が協力することで特級ダンジョンの破壊、それを見据えているのだと俺は思った。
「その協力は喜んで引き受けますよ。日本国内のダンジョンはあと4つ、海外のダンジョンも
「あぁ。この前電話したが、あと数か月で帰ってこれるそうだ。世界に散らばるダンジョンをほぼ潰し尽くしたらしいからな、最後に残るのは日本のダンジョンだけになるだろう」
そうだね、そうなったらやることは決まっているよね、
「俺が特級ダンジョンの難易度に値しない残り2つのダンジョンを殲滅次第、特級ダンジョン殲滅に動くことを約束しましょう」
「すまん。ありがとうな…」
「水臭いですよ、何より、すべてのダンジョンの破壊、それこそが俺の使命であり、果たすべき最高の生き様となってくれる」
緋彩さんが前を歩きだす俺を、複雑そうな眼差しで見つめてくる。俺はそれに苦笑を返すと、彼女の眼を見て言った。
「最高のフィナーレの用意でもしておくんだね。俺と陽翔、そして貴方を含むダンジョンブレイカー3名、世界で最高の実力を持つ俺達でその特級ダンジョンを攻略次第、最後の一つに刃を手掛けるとしよう」
不敵な笑みを浮かべながら俺は、あるはずのない繋がりを見つめながら、想う。
数々の英雄達が積み重ねてることで、異世界からの侵攻に終止符を打つ直前まで来ることができた。そしてその楔を打つのは俺だ。なぜかって?
だってカッコいいだろ?この世界に残す、最高の置き土産としては、これ以上ないくらいに上等なものだろ。そう思いながら、俺は残る前座のダンジョンへと向かうべく、緋彩さんを置いて進むのだった。
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