第2話 1121年来の恨み

それは、私が校閲作業をしているときだった。

つけっぱなしにしていたテレビから、丑の刻参り事件のニュースが流れてきた。私は校閲作業の傍ら耳を傾けていたら、なんと犯人逮捕の速報が入ってきたのだ。

「速報です。先日起きた丑の刻参り事件ですが、容疑者が逮捕されたとの情報が入りました。えー、容疑者は菅原道之(すがわらみちゆき)34歳会社員とのことです。詳しい情報が入り次第お知らせします」

私は驚きのあまりコーヒーカップを倒してしまった。容疑者逮捕の早さも驚きだったが、何より容疑者の名前が菅原で、しかもかの菅原道真と一文字しか違わないということだった。

「嘘でしょ…吉田さんのとんでも考察あたっちゃったの…」

私はしばらくの間口をぽかんと開けることしかできなかった。


後日、私の予想通り吉田さんはあのことを自慢するために珈琲倶楽部にやって来た。

「だから言ったやろ?菅原さんが犯人だって」

「おみそれしました…」

まさか、本当に犯人が菅原さんだったとは…偶然ってあるものだなぁ。

吉田さんは自分の自慢話が終わると満足げに帰っていった。今日はどうやらこれから仕事らしく、いつもよりだいぶ滞在時間は短かった。

「それにしても、すごい偶然ですよね。まさか、容疑者の名前が本当に菅原さんだなんて」

「そうね」

師匠はそう相槌を打ってくれたが、どこか納得いかなそうな表情をしていた。

カランカラン

「いらっしゃいま…あ、公一さん」

「こんにちは、姫依さん」

吉田さんと入れ替わるような形で珈琲倶楽部にやって来たのは警視庁の刑事である葭葉公一(よしばこういち)さんだった。

公一さんはこうしてしばしば職務の間に珈琲倶楽部を訪れては、師匠といろいろな話をする。

話の内容は多岐にわたっていて、世間話や社会情勢、さらには事件の話など本来一般人には話せないようなところまで話す。公一さんがそうするのは師匠と話すときだけだと言っていて、公一さんは師匠に並々ならぬ信頼を置いているようだった。

公一さんがカウンターの席につくと、師匠は何かを察したようにopenだった看板をcloseにした。

「いつもながら、霧島さんの洞察力には脱帽です」

「別に、表情を見ていればわかりますよ」

公一さんは一呼吸おいて話始めた。

「お察しの通り、霧島さんの力をお借りしたく参りました。…世間的には、丑の刻参り事件と呼ばれている事件についてです。先日、容疑者が逮捕されたのはご存知ですか?」

「えぇ」

「やはり。容疑者は菅原道之34歳で、被害者である藤原夏芽さんとは幼なじみでした。ですが、高校を卒業してからは疎遠だったようで、連絡もあまり取り合っていなようなんです。そして何より、彼には藤原さんを殺す動機がありません」

「だから公一さんは、もしかしたら菅原さんが真犯人ではないと…?」

師匠がそう尋ねると公一さんは静かに頷いた。

「藤原さんが吊るされていた縄に指紋がついていたり、死亡推定時刻に現場付近の防犯カメラに菅原さんの姿が映っていたりと、証拠は十分にあります。でも、真面目な彼の姿を見ていると…事件に私情は無用ですが、私には彼がとうてい犯人だとは思えないんです」

公一さんが話し終わると、師匠はしばらくの間目を瞑って考える仕草をした。

「わかりました。いつも通りに、ですね?」

師匠の言ういつも通りとは、私たち独自で行う捜査のことだ。基本的には警察と同じように聞き込みや現場検証などを行い、その結果から犯人を考察する。

警察と同じことなのにどうしてわざわざ師匠に頼むのかというと、実は私もその理由を知らない。私が知ってるのは、昔公一さんが師匠に助けられた事件があったということくらいで、その事件の詳細も師匠は話してくれなかった。

「ありがとうございます」

公一さんは礼を言うと駆け足で店を出て行った。


翌日、私と師匠は珈琲倶楽部で公一さんが送ってくれた情報を元に事件のあらましを確認していた。

「事件が起きたのは残暑が強く残っている夜中。藤原さんは胸部を一突きされ、そのまま出血性ショックで亡くなる。その後、犯人は藤原さんの首に縄を巻いて神社の御神木に吊るし、藁人形に五寸釘を打ち込んだ…なかなかに手の込んだ犯行ですよね」

「えぇ。ただ、それにしては防犯カメラに映っていたり、縄に指紋を残したりと不手際も目立つ。公一さんが違和感もそこだったんじゃないかしら」

「ただ殺すだけならわざわざ吊るす必要もないですし、なんか犯人の目的がいまいち掴めませんねぇ」

「もし犯人が吊るすことを目的としたのなら、宗教や文化的な理由が考えられるわね。見せしめであったり、とか。簡単な例だと、魔女狩りによる魔女の火刑ね。悪いことをしたらこうなるぞという警告のために見せしめ…公開処刑は行われた」

「公開処刑…」

公開処刑という言葉が出たとき、私の脳内には吉田さんの姿が浮かんだ。…ありえない考察だが、もし菅原さんが藤原さんへの1121年来の恨みを晴らすために事件を起こしたとしたら?

そう考えると、藤原さんの遺体を吊るしたことにも一応説明がつく。藤原さんへの見せしめ…あの時の恨みを決して忘れてはいないという警告なのかもしれない。

いやでも、そんなことありえるのか?

「これ以上深掘りするのは難しそうね。それじゃあ、菅原さんの職場に聞き込みしに行きましょうか」

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