LIMIT16:不安なら思い切れ

『お見事、4分53秒でタイムアタック成功だ。とっとと撤収するぞ』

「……了解」


 コマンドに催促され、越は震える手でマイナーに捕縛器具を掛け、窓の近くに移動する。


(思った以上に制限時間ギリギリだったが、そんな事よりあれだな……元々の耐久値が低いと【超越者オーバーリミット】で強化してもほとんど意味が無いな……)


 後ろ首から伝わる漠然とした痺れと痛みが、【能力】の影響で直に緩和するとは言えども、該当部位を摩る彼の気に障る。


           《ヒュオオオオオ……》


 すると彼が居るビルの前に、輸送機がフクロウのように静かに現れ、滑らかなJターンをしてから滞空する。

 更に開いたハッチの奥から、固定射出装置を設置したコマンドも現れる。


 

『坊主、待たせたな』

「いや、俺もついさっき運び終えたばかりなので、全然大丈夫ですよ」

『だったら良かった。今からアンカーを射出するから少し下がっていろ』


 コマンドがボタンを押すと、アンカーが《パシュッ》と撃ち出され、越の居る階と上階の間の壁を貫く。

 最後に持ち手となる移動装置を懸ければ、20mに及ぶ簡易的なジップラインの完成だ。

 

『ほらよ、受け取りな』

「どうも」


 投げ渡された持ち手をしっかりと受け止めると、越はマイナーを担いで輸送機へ戻る。


「よっと、ただいまです」

「お疲れさん。ソイツは檻に密着させて拘束し直してくれ」

「了解」


 コマンドがアンカーを巻き取ってからハッチを閉める。

 越はマイナーに【能力】を使われないよう、彼の脚にワイヤーの片方を括り付け、ピンと張るようにもう片方を反対側の壁に括り付ける。


「にしてもそのジップライン、やっぱり何度やっても楽しいですね」

「だろ? スピードも公園にあるのとは違う分、爽快感も上がっているから気持ちは分かるぜ」


 やるべき仕事を終えて談笑をしていた所に、貨物室内のスピーカーが《ボッ》と起動する。


『2人とも、聞こえるか?』

「聞こえてるが、どうかしたか?」

『そろそろ離れないといけない頃合いなんだが、ハッチが閉まったって事は出発しても良いんだな?』

「構わないぜ。目標マイナーは収監したし、これからキャビンに戻る所だしな」

『了解、ならば10秒以内に席に着いてくれ』

「了解」


 ローターの回転数が上がるのを、コマンドは感じ取る。


「ほれ、行くぞ」

「あっ、ちょっと待ってください 」


 越を引き連れて歩き出そうとすると、彼が何かを思い出す。


「どうした? 気になる彼女へのプレゼントでも落っことしたのか?」

「いやそうではなく……爆発せずに残った地雷はどうするんです?」

「あぁ、千紗曰く『時間経過で自然消滅する』そうだ。しばらくはここら一帯を封鎖する事にもなってるから、気にしなくて良いぞ」

「……でしたら早く戻りましょうか」

「だな」







「ただいまです、千紗さん」

「ご苦労様、越君。大きな怪我も無さそうで良かったよ」


 千紗が腕を組んで首を傾ける。


「ただ、普段からそれくらいに収めてくれると嬉しいのだけどね」


 越が「うぐっ……」と心臓を抑える。


「何ヶ月間言われても癖を治してこなかったのは事実ですけど、千紗さんもこれ以上突き刺してくるのは止めて下さい……分かりましたから…….」


 千紗が「ふっ」と笑う。


「だとしたら、次も期待しているぞ」

「了解……にしても、連続で発着場ここまで出迎えてくれるのは珍しいですね」

「マイナーの【能力】が【能力】だ。早めに御札で封じなければ、ラボの予算が爆散しかねないからな」

「そういう事ですか」

「そういう事だ。さぁ、分かったら早く寝なさい」

「了解、それでは失礼します」


 2体の“ピボ”と共に輸送機へ向かう彼女に、越は会釈してその場を立ち去る。


(今日はゆっくり風呂に浸ろう……)


 寝る前にどうするのか考えながら自室に入ると、任務時に壊れないよう机に置いていたスマホの通知が鳴る。


『今さっき帰って来たのを聞いたんだが、今居るか?』


 親友からのメッセージだ。

 

『居るぞ。ただ、任務でも無いのにこんな遅くまで何しているんだ?』


 フリック入力ではなく、スクリーンキーボード入力による素早いタイピングで答える。


『ジャックさんから手合わせを持ちかけられたからちょっと調整してた。暇だったら明日の13時、俺たちが前にってた場所まで見に来てくれ』

『OK、そういう事なら行く。俺はこの後にやらないといけない事があるから、詳しい話はまた明日頼む』

『応、また明日な』







 一夜明けた模擬戦当日の12:13、大食堂にて


「剱くん……これから激しく運動するのに食べ過ぎじゃないの?」


 幼なじみ3人組で腹ごしらえを済ませ、時雨は剱の膨らんだお腹を見る。


「何言ってんだ、時雨。戦国時代から『腹が減っては戦ができぬ』って言葉があるんだ。逆にこれぐらいは食わねぇと張り合う物も張り合えねェよ」


 食後に1口だけ乾米を含む彼の横には、米粒が1粒も残っていない丼が5杯積み上げられていた。

 

(剱のガタイならまだ納得行かなくはないが……ストレス性による暴食であれば、今のこいつに指摘するのもな……)


「と言う訳でほら、時雨も皿を片付ける準備をしておけ」

「……分かった」


 12:25 第4訓練場

 坐禅を組んでいるジャックの前に、剱が現れる。

 越と時雨は、観戦するためにモニタールームに入室している。


「きっちり5分前集合、流石は武家の長男と言った所か」

「ジャックさんはジャックさんで早過ぎやしませんか? 昼飯はどうしたんです?」

「1時間前に既に済ませた。俺は朝が早いタイプの人間だ」

「なるほど、納得」

「ではだ、お前も坐禅を組んでみろ。精神が乱れていては、俺に勝つなど到底無理だぞ」


(言い方にちと難があるなぁ……)


 剱の眉が《ピクピク》と動く。


「ま、まぁ……そういう事でしたら、お言葉に甘えさせてもらいますよ」


 12:30

 時が来る。誰が知らせずとも、剱とジャックが同時に立ち上がって打刀を抜く。

 そして、互いの間合いに入る。


(勝てよ、剱)(勝って、剱くん)


『それでは、これから大嶽剱とジャル・J・ジャックによる模擬戦を開始します。両者、準備はできていますか?』

「できているぜ」「前に同じく」


 返事を聞いた研究員が、機械音声を起動する。


『3,2,1……GO!』《ブォン!!》


 サイレンが響き渡った瞬間、ジャックが“逆袈裟斬り”を仕掛ける!

 剱は体を横にして回避するが、髪の先端を焦がされる!


(っぶねー!!!! なんつー速度! ただの斬撃で凄ぇ音がしたぞ!)


「やるな。間違ってでも殺さないように気を付けていたとは言え、これを躱すか」

「腐っても日の本生まれの東侍あずまざむらい……初撃で倒れては家族に下げる面が無くなるんでね……」


 剱は強がってみせるが、額からはとめどなく冷や汗が流れ出ており、1歩2歩と足が退く。

 それでも、ただ怖がっているのでは無く、余裕を持って次の1手に対処できるように距離を空けている。

 一矢報いる気持ちはまだまだ健在らしい。


「だったら連撃だ。凌いでみせろ」


 ジャックが前拍子も無いまま、刀を空高く放り投げる!


「はっ?」


 反射で思わず彼から刀に目を移してしまう!


(あっ、これはミスディレク──)「シィッ!」


 時間は0.3秒に満ちるかどうかである!

 その間に急接近され、両手に持った柳葉刀とマチェーテが交互に斬り掛かる!


「ぬうぉぉぉおおおりゃあああ!!!!!!」


 2振りだけであるはずが100振り以上もの刃物に感じてしまうほどの斬撃を、刀1振りと気合いと根性で捌く!








「初めてジャックさんが戦う姿を見たが、これがかつて千紗さんの言ってた【能力】……これが神経伝達速度を上げる【裂雷ソクドライブ】か」

「剱くんがずっと防御一辺倒に押されているなんて……」

「あいつが人類の中でピカイチのフィジカルを持っているとしても、それは【能力】で増強された輩を含んでいなければの話だ。こうなるのも当然としか言えない」


(しかし言い換えれば、ジャックさんも人類だから回避できない生理現象もあるはず…… 剱、早く気付け……!)








「どうした!? まだまだこれからなのにもう終わらせるのか!?」

「冗談! 逆境にしたって、生温なまぬる過ぎて極楽浄土に居るようですぜ!」


 戦闘開始から30秒!

 剱の立っている位置は、最初と比べれば既に10mは下がっている!

 それでもジャックの勢いに飲み込まれず、セラミックから繰り出されているのにとてつもなく重い斬撃を相も変わらず受け切る!


「ならばこれは!?」


 2本の牙が胴体を斬り裂かんばかりに迫る!


「“すいだん葉流ようりゅう”!」


 ジャックの力の流れを変え、刃を《ギャギャッ》と鳴らしながら左側に逸らす!

 それにより、彼の姿勢は若干ながら前屈みになる!


「続いて“うねり滝”!」


 雨粒が集って大河を形成するように、小さい隙を大打撃へ変えるべく、防御できていない脇腹へ間断なく一閃!

 

「甘い!」


 ジャックは両手の刃物を捨て、空に投げていた刀を掴む事で《カァン!》と受け止める!


「万事、問題無し! だぁりゃぁっ!!!!」


 根を深く張る大樹を彷彿させる足踏みで、剱は上半身に無駄なく力を伝える!

 敏捷性を上げても筋肉量は据え置きであるジャックを薙ぎ飛ばす!


「フゥッ!」


 飛ばされた先で左手を付け、また1度空に浮かんでから姿勢を制御する!

 その後は滑りながら軟着地を決める!


      《シュゥゥゥ……》


 ジャックのアーマーから排気音が鳴り始める。

 

(あの人の周囲から冷気……なるほどな……反撃して来ないのは、急激に動いて発生した熱量を下げているからか)


 斯くは言う剱も追撃はせず、構えを維持しながら呼吸を整える。

 他人より五感が優れているだけで、かなり危ない橋を渡っていたのだから無理も無い。


(少し気張り過ぎた……ここまで斬ったのに決め手を与えられてないとは……本当にあの長男はやるな)


 剱を称賛すると共に、ジャックは千紗との会話を思い出す。



『ジャック君、剱君と模擬戦をしてくれるかな?』

『……リーダーの頼みなら断らないが、いきなりそんな話を挙げたのはどうしてだ?』

『私がだよ。間違って変な所を突いてしまう可能性があると、アドバイザーならまだしも、カウンセラーはどうしても不得手になってしまってね。そこで同じ剣士である君が、私の代わりとして、彼と白刃言葉を交わして欲しいんだ』

『了解、それなら言われた通りにやってみせるから、リーダーは自分の仕事に専念してくれ』



「……大嶽剱、ここからはお互いに出し惜しみ無しだ」


 地面に刀を突き、それを支えとして立ち上がる。


「さっきまで本気じゃなかったアンタが、どの口で言ってんですかい?」


 剱の口角が、緊張によって自然と上がる。


「『間違って殺してしまうから』と言ったはずだ。だが、ここまで打ち合って確信した。お前なら大丈夫だとな」


 ジャックは右手に持っていた刀を納め、左手でロングソードを引き抜く。


「……だから、俺の本気に耐えてみせろ」

「……応」


 2人の放つ気迫が、互いの肌がひりつかせる……

 と表すのにうってつけの局面で、今ならほんの些細な刺激が、それこそ蚊のまつ毛が落ちた音でも起爆剤になるだろう……


 「シィッ!!!!」

 

 互いの顎から1滴の汗が離れ、2人の触覚を強烈に揺さぶる!

 剱は刀を横に寝かせ、二の腕に沿わせるように逆手に持ち替える!

 ジャックはいかずちに匹敵する速度で駆ける!

 

        《バキィィィィン……》

 

 汗が地面に落ちない内に2人は衝突し、そうして何かが砕け散った音が響き渡る……








「山田さん、彼らから戦意が消えました。模擬戦を止めて下さい」

「本当に良いのかい……? まだ2人とも立っているのに、君の独断で勝手に止めちゃって……」

「大丈夫です。あの2人と同じように、俺も現場で戦っているから分かるんです」

「相当な自信を持っているようだね……だったら、同業者の意見に従わせてもらうよ…….」


 気怠そうな目線を、団子頭の助手へ向ける。


小萩コハギ君、アナウンスを……」

「了解です、主任」


 模擬戦の映像記録を保存していた彼女は、電子キーボードの隣にあるスイッチに手を伸ばす。








『終了! そこまで!』


 訓練場の4隅に設置されたスピーカーから、始まった時と比べて音程が高いサイレンが響く。


「……プハーッ!!!!」


 ジャックが近づいてから先ほどのスピーカーが起動するまで、肺の動きが止まっていた剱がようやく息を吐き出す。

 彼の身体の前をロングソードが通り抜けていたが、刀の平地に沿わせて狙い目を外す事には成功していた。


「マジできつかったぁ…….!!」


 脱力し過ぎた事で身体中が震え出し、大の字に倒れる。

 彼の左裾から、頭が割れた小刀が転がった。


「よく……戦い抜いた……な……」


 ジャックも【能力】の反動で右膝を付く。

 彼の右腰にある鞘は、ソードの先端を納める部分が割れていた。


「大丈夫ですかい…….」

「久しぶりのヤンチャだったから……身体が驚いているだけだ……大丈夫…….また慣れないといけなくなったのには……我ながら情けなく感じるがな……ハハッ……」


 互いに指1本も満足に動かせない所で、4体のピボが担架を持って入室する。


『急激な倦怠感を検知しました。医療室へ移送します』 

「待ってくれ……彼と最後に1つだけ話したい事がある……手を貸してくれ……」


 ピボの補助を受け、ジャックは日本刀を右側に置いて正座する。


「大嶽剱……俺の本気に耐えるだけではなく、迷い無く予測して合わせられたのはお前が初めてだ……改めて敬意を示させてくれ……」


 両手をハの字にして床につけ、その中心に鼻先を向け、静かに頭を下げる。


「……いや、こちらこそジャックさんとのお手合わせで一皮剥けた感じがしました……だから、俺から感謝の念を抱かせて下さい……ありがとうございました」


 彼の為す行い座礼に、剱も身に染み付いた心構えで返した……

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