LIMIT15:熱を維持しろ

 ラボ北館6階のエントランスホール。

 施設唯一の正式な玄関役を担うだけではなく、ここに配属された人員が新たに生活を始める場所でもある。

 よって四六時中に渡って、1000名以上の研究員と【能力者】に忙しなく歩き回られ、1677万色以上の電光に彩られていた。


「越くん、怪我には気を付けて頑張ってね」


 そして、人声が止む様子を知らないホールとは対照に、分厚い壁によって深海の環境音が遮断されたトンネル。

 輸送機の発着場まで続く入り口の前では、ラボに来てから始まった幼なじみ同士の習慣として、時雨がいつものように越を見送っていた。


「普段よりも千紗さんにキツく言われたんだから分かってる。それより、お前は明日に備えて寝ておけ。すぐ終わらせてすぐ帰るから……」


 幼少期に公園で知り合ってからの習慣として、心配する彼女の頭に素手を置き、優しく撫でながら落ち着かせる。


(ここで自信持って「安心してくれ」なんて言えないのがちょっと歯痒いし情けないが、こればかりは仕方ないな……)


「坊主、イチャついてる所にすまないが、時間が押されているからとっと行くぞ」


 後ろで壁にもたれながら眺めてたコマンドに呼ばれ、越は《ビクッ》と反応する。


「分かりましたからわざわざ茶化さないでください!」

 

 おじさん特有の軽口に呆れつつ、ぎこちない笑顔で返事する。

 一方で恋人と同じ関係性に見られて、単に恥ずかしいのか照れているのか、時雨はそこはかとなく頬を赤らめていた。


「まぁとにかく、そういう事だから行ってくる」

「うん……行ってらっしゃい」


 時雨が右手を振り、越は左手を上げて応じながらトンネルの中へ歩く。

 

「……やっぱ時雨ちゃん、君に脈アリなんじゃないのか? エ、ツ、ク、ン? ン? ン?」

「はいはい、時間が押されているんだから、冗談言ってないでさっさと行きますよ」


 時雨の姿がはっきりと見えなくなる所まで進むと、コマンドに早々に小突かれる。

 だが、越は淡々とそれをあしらい、奥で待ち構えていた輸送機に乗り込んだ。








(地雷……発明されてから500年、TNTができてからはコストパフォーマンスを爆発的に上げていた凶悪兵器の1つ……たった数ヶ月で世界から全て除去されたとニュースで聞いていたが、今にして思えば、ラボが裏で活躍していたからかもな) 


「……そう言えば、コマンドは今回と似た任務を経験した事があるんです?」


 ラボから出向いて3時間後、輸送機が【追獲者プレデター】が通った針路を辿る中で、地雷から戦争を連想した越は、ダンディに伸ばした髭へ問い掛ける。


「ん? あぁ、もちろんだ。直近だと、とある違法施設に駐留していたテロ組織だな」


「その時は正規軍のために陽動に駆り出されてな、レッドカーペットを歩くニコラス・ケイジがパパラッチを惹きつけるように、俺たちもお相手さんから熱烈なファンコールやプレゼントを受け取ったものだぜ」


「ただ、そこから泥と血と煤だらけになりながらもどうにか全員で生還したが、正直言って金をもっとふんだくれば良かった……」

「確か、部隊名は【鉄砲玉スケープ・バレット】でしたっけ?」

「あぁ、曽祖父の代から運営された『鉛玉と同じ価値の兵士、1発でも1マガジンでも届けます』が売り文句の部隊だ。人件費が安いのと、爺さんの顔が広いから、フットワークの軽さは業界随一だったよ」


 咥えていたニコチンキャンディを越に向け、体を前に出す。


「だとしてもだ! あんなに割に合わない案件は初めてだった! 1歩踏み込むだけであっちこっちから襲い来るトラップだけじゃなく、明らかに一端のテロリストじゃねぇ奴も……いや、これ以上は機密事項になるから止めよう。少なくとも、この件は【教団】とは関係ない所で面倒臭いからな。そこは分かってくれ」


(……これ絶対にどこそこの国の後ろめたい事情についてだな)


 はっと我に返ったコマンドの顔に、いつもとは違うベクトルで命の危機を感じた越は大人しく身を引いた。


『越、楽しい楽しいピクニック気分もここまでだ。後部ハッチに移ってくれ。後は班長からの指示を待て』

「おっと、もうそんな時間か。了解、今行きます」


 ガントレットを装着しながら席を立つ。


「坊主、グッドラック」

「グッドラック」


 前回と同じ別れをすると、指定された場所で移動しながら無線を起動する。


「千紗さん、聞こえますか?」

『聞こえている。マイナーは現在シャッター商店街の近くに潜伏中。ナノマシンも動力が切れて止まる寸前だから再塗布してくれ』

「了解」


 前回と同じ過程で開いたハッチから、目的地の様子を観察する。 


(何ともまぁ籠城するのにぴったりな地形だな……周りは建物だらけの小道だらけで、コマンドの射線はかなり限られるし、絶対マンホールとか室外機とかイラつく場所に地雷あるだろうし……)


「まぁグチグチ言ってるより、カプセル投げた方が数倍も有意義か……どうです? 正常に作動していますか?」

『良い感じだ。地雷だけでなく、下水道に生息するねずみの数も把握できている。ただ、私の【全てを視通す目バンリガン】での確認もできるまで待機しててくれ』

「了解」


 これから始まる大仕事を前に、手首足首を回して関節をほぐす。


「居たぞ。場所はそこから11時の方向に400m、潰れた時計屋の2階だ」

「了解、急行します」


 ハッチの縁から身体を前に倒し、ビル十数階に相当する高さから直下する!


(【超越者オーバーリミット】600%! )


 地面に着く直前に翻り、最初の実践と幾度の練習で完全に物にした“五点接地”で、前回よりも衝撃を柔軟に分散! 

 回転した勢いを推進力へ変えて駆け走る!

 

「スー……フッ!」

 

 息を吸い込んで更に加速! 

 千紗から指示された地雷を全て回避し、商店街を縦横無尽に突っ切る!

 

『目標は依然動いてない。そのまま走れ』

(だとすればこの角を曲がって)「こんばんわッ!」


 時計屋の窓ガラスを《パリーン!!!!》と勢い良く蹴り割り、その先にある地雷の密集地帯を怖けずに跳び回る!

 

「お邪魔しますッ!」


 密集地帯か廊下へ跳び出し、続けて壁を蹴ってマイナーのいる部屋へダイナミックエントリー!

 

「そして捕まえたあァッ!?」

  

 マイナーの着ているコートを正面から掴めば、薄汚れていた床板が綺麗な夜景に一転して視界が反転!

 それでも、強化された反射神経で受け身を即座に取って対応する!


「驚いたぜ、俺の瞬間移動に間に合わせられる野郎が他にも居るとはな」


 マイナーは何一つ取り乱さず、寝そべっていた状態から立ち上がる。


(落ち着け、状況整理だ。さっきまで俺は時計屋に居たが、今はどこかのビルの屋上にいて、敵は上手く衣服を脱いで、巴投げで俺を引き剥がした……元軍人ってだけで1秒経過しているかどうかの内にここまで動けるのか怪しいが、今の発言も考えれば、本来ならあいつは自分に触れた対象を選別しながら瞬間移動しているのか……?)


 越は左手に持っているコートを捨てて、マイナーから目を離さずに立ち上がる。


「そんなにジロジロ見てどうした? どうやって俺を捕まえようか考えているのか? だとすれば、絶好のチャンスで1度失敗しているんだから無理だな」

「いーや、捕まえられるね。こっちは1度でもお前にしっかりと触れてるんだよ、ウスノロ」

「触れたのは俺じゃなくて俺の着ていたコートだろ?」

「語弊にまで突っかかるぐらい余裕が無ェのか? どうした? 神様からもらったご自慢の【賜り物】で振り切れないからか」

「悪い、声が小さいのに口がペラッペラ回るもんだから聞き取れなかった」

「だからお前はニブチンのウスノロなんだよ」

「ハッ、言うじゃねぇか。だったら、ご自慢のスピードで追いかけてみろよ、Wally」


 罵倒を吐き捨て、マイナーが逃走し始める!


『目標は6時の方向20m、路上を移動している』

「了解!」


 越もきびすを返し、屋上から屋上へパルクールアクションで移る!


『それと時間稼ぎご苦労、マイナーの【能力】について新しい情報を入手した。設置した地雷は接触式と手動式にいつでも変えられ、瞬間移動できる範囲は最長20m、対象は自分と自分に触れた物だ』


(となれば、マイナーに過剰な情報量を与えてミスを誘発させる事はできなさそうだな)


「確認ですが、接触式であればこちらからも自由に干渉はできるんですね!?」

『もちろん可能だ』

「了解! でしたらコマンドと通信するのでまた後ほど!」

『了解』


「コマンド!」

『やりたい事は分かったが、爆発音が響き渡るからチャチャッと終わらせろよ』

「ここからは5分と掛かりませんよッ!」

『随分と強気に言ったな? 言ったからには算段はあるんだろうな?』


            《ドドドドドドォン!!!!》


 コマンドがライフルスコープを覗き込むと、たった2秒で6箇所の地雷を破壊する!

 建造物による反響が耳に届いたマイナーが、瞬間移動のペースを下げる!


『これが俺のできる精一杯の手助けだ。後は任せたぞ』

『ありがとうございます!』


(チッ、面倒臭い事しやがって……あの場所で一旦ガキを始末してから逃げるか……)

 

『越君、マイナーの動きが止まった。現在位置は30m先の古びたアパートの3階だ』

「了解ッ!」


 本日2度目のダイナミックエントリー!

 前転した後に右膝を地面に着け、越は《ピタッ》と停止する!


「さっきぶりだな、Little Punk」


 コンクリートの柱から声がしたと思えば、マイナーが悠然とした態度で現れる。


「急に止まったのは何だ? 大人しく観念する気にでもなったからか?」

「違うな、最低でもお前の四肢を吹き飛ばしてダルマに変えるためだ」

「だとしたら、真のWallyマヌケはあんただな。残り4分でその選択を後悔させてやる」


 マイナーは右手に片刃のカランビットナイフを持ち、左足を後ろに下げて身体を正面に向ける。


(シラット使いか。【能力】の件もあるから距離は取らせたくないし、ここは組み技主体で行くか)


 とは言っても、最初からサンボやレスリングのような構えをすれば、考えている事が丸分かりになってしまう。

 そこで、越は左半身を前に出したMMAでよく見る基本的な構えを取る。


「「…………」」


 静かに戦いが始まり、2人はその場でステップを踏む。

 ここで必要なのは技術ではなく、相手の手を幾つも先まで読み、相手の動きに臨機応変に対応できる想像力である。

 つまり、お互いの心理内では既に激しい攻防が行われていた。


「フッ!」


 脳内シミュレートが終わり、越が先に仕掛ける!

 

「シッ」


 体勢を前のめりにして急接近する彼に、マイナーはナイフを突き出す!

 

「スーッ」


 越がその前腕を押し上げようとする!


「なんてな」《ドォン!》


 しかし、左手が前腕に触れる直前に瞬間移動で回避されるだけでなく、地雷を至近距離で起爆される!

 

「フンッ!」


 いくら地雷の数と威力は反比例すると言えども、元がクレイモアの2倍の威力!

 直撃すればダメージを負うのは日を見るよりも明らか! 

 越は並外れた筋力で急ブレーキを掛け、身体を急激に反らしながら左足に力を込めて連続5回バク転!

 

「休ませねぇよ」 


 マイナーが越に最も近い地雷へ移り、最後の着地を決めた彼にナイフと肘を振るう!

 

「フッ!」


 受け止める体勢が整っていない越は、首元や目などの急所に飛びかかる黒い三日月をひとまず躱す!


「休む必要は無ェし、動きが遅ェんだよ」


 左側から6回目の斬撃が飛んで来た所でマイナーの右腕を掴む!


「そうか、い!」


 マイナーは掴まれた腕を軸に身体を浮かし、越の後ろ首に左足首を引っ掛ける!

 全体重を乗せて越を倒し、地面に顔を激突させるつもりだ!


「危ねェ……なァ!」


 越も空いていた左手で負けじと耐え、その反動を活かして時計回りに180°回転!

 スピードメーターの針を振り切るような加速度でマイナーを叩き返す!


「ガッ……ハッ……」


 マイナーの体から力が抜け、彼の手元からナイフが《チリン》と音を立てて離れる。

 越については、頭が多少グラつく以外には問題は無く、それも相手が鎮静化した場面を目撃するのに支障を来たすほどでは無かった。


「コマンド……タイムは?」

『お見事、4分53秒。タイムアタック成功だ』

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