LIMIT09:身の回り全てに馴染め

「コマンド……腹に風穴3つはやりすぎですって……」

「すまんな〜、こっちもだいぶ切羽詰まってたから手を抜けなくてよ〜」


 あの大激闘から30分。

 1機の輸送機で移送できる数は知れた物であるため、一行は増援が来る間に各々やるべき事をこなす。

 

 越は、(まぁ1度殺されかけたんだから、そりゃそうか……)と思いながら、拘束した敵を乗せる。

 コマンドは、輸送機から持ち出した救急キットで、出血している【賜り者】の治療を行っている。

 アードラーは、念の為に機体の点検をしている。

 

「ともかく、今乗せたので限界です。残りの【賜り者】はあっちにまとめてますからね」

「了解、こっちも怪我人のバイタルは安定している。このまま何も無ければ大丈夫だ」

V-25輸送機も異常無し。にしてもつくづく思うが、時を戻せる【能力】ってのは本当に便利なもんだな」

「だろ? うっかりエスプレッソカップを割っても、破片に触れるだけで中身まで元通りにできるんだから、汎用性はかなり高いぜ」 

「んじゃ自慢の続きは後で聞かせてもらうとして、俺はさっそく倉庫の再調査に行きます……と言いたいところだったけど、あれじゃ無理だな……」


 越が後部ハッチから顔を覗かせ、倉庫の方を見ると緑色のガスがまだ滞留していた。

 

「それは仕方ねぇさ。アードラーがよこしたお迎えさんに後を任せるしかねぇ……ただ、坊主! お前さんは海水かなんかで体を洗っておけ! このままカース・マルツゥみたいな腐臭と一緒に帰るなら、道中で俺の鼻がもげちまいそうだ!」


 祖父が愛していた蛆虫入りチーズと同じ匂いに、コマンドはたまらず鼻をつまんで注意する。

 

「すいませんね! 洗いたいのは山々だけど、これ以上ベタつくのは嫌なんですよ! そもそもこんな世界じゃ、溶けた人肉を海に放ったらどうなるか分かったもんじゃありませんからね!」

「ハッ、言われてみたら全くもってその通りだ! だったら酸素マスクで我慢してやるが、しばらくは葉巻を咥えれないから口元が寂しくなるな……」

 

 コマンドは自分の口を擦る。


「機内で火をつけないだけ分別はまだあるけど、日毎夜毎ひごとよごとに禁断症状を引き起こす気配が強くなってますよね、貴方……」

「治安の悪いストリートでたむろってるトゥイーカー覚醒剤中毒者と比べれば、まだ可愛げがあると思うぜ?」


『こちらカンガルー4、正しく通信できているかどうか確認するために、そちらの所属と名前を教えてください』


 アードラーの無線に通信が入った事で、2人は会話を中断してからその方に顔を向ける。


「【監視犬ウォッチドッグ】のパイロットを担当するアードラーだ。もし俺なら何の用だ?」

『あぁよかった、合ってる合ってる。あなたが30分前に増援要請を送った人ですよね? あと少しでそちらに着くので、移送目標の準備をしといてください』

「了解」


「よし、そうと決まれば坊主が既に終わらせたとこだし、そいつらが来たら俺たちはラボに直帰しようぜ。それで別に構わないよな? アードラー」

「あぁ、残った仕事は全て引き継がせる予定だから問題無い」

「だったら俺は早くシャワー浴びて、装備も綺麗にしてもらいたいですよ……」

「だな。それはそれとして、やっとお出ましになったようだぞ」


 水面にいくつもの波が浮かび上がり、熱風が吹き始めたのを3人が感じる。

 そう、これは何かしらの異常気象ではなく、コマンドの言った通りにお出ましになったのだ。


『どうも、大変お待たせしましました。カンガルー4のパイロットである僕、ジョーイ・オリバーとその搭乗者ご一行の到着です』

「ご苦労。早速だが、目標の9人は俺が指差した方に集めているから、後は頼んだ。こっちのメンバーにだいぶ酷い状態のやつが居て、少し事を急いでるからな」

『了解、帰り道は気を付けてください』

「ありがとう」


 輸送機を見上げていたその顔を、次は越とコマンドに向ける。


「ほら、2人とも早く席に着け。すぐ離陸するからな」

「「了解」」







(さてさて、ようやくポートも止まったわけだが、このまま千紗さんに会わず、力さんの所に直行したいな……)


 しばらくして【ラボ】に帰投した後、連絡通路トンネルの入り口に到着した越は、ビビりながら輸送機を降りる。

 どうして、勇猛果敢に死地に赴ける青年が、これほどまでに危惧しているのか。

 理由は単純で、正確な観察眼を持つ彼女にどれだけ自らの至らぬ点を列挙され、どれだけキツイ正論を言われるのか分かったものでないからだ。

 

 そして、歩き出そうとした直前、


「越くん!? なんか体が濡れてるし臭いけど大丈夫!?」


 トンネルの方から、気でも動転したのかと思うほどの大声を掛けられる。


「時雨、何度も言ってるけど見た目ほどじゃねぇんだから、そんな不安にならなくても良いだろ?」

「でも──」「越君」


 そしてもう1人分、一聴いっちょうすると優しいが明らかに怒りが篭った声。


(やっぱいますよねぇ……!)


「これはこれは! 奇遇じゃないですか千紗さん! 今日は何用でこちらに!?」

「とぼけても無駄だぞ。任務が終わるごとに私も出迎えるぐらい承知のはずだ。つまり私がどうしてこんなに怒っているのかも分かっているはずだろう?」

「そ、それでもちゃんと成果は出しましたし、俺自身の被害は体が匂うだけで済ませたじゃないですか!?」


 今にも心臓を貫いてくるような眼光に怖気付き、越は必要以上に手を大きく振り回して弁明する。

 それに伴って飛び散った液体に、千紗は嫌そうな顔をしながら反論する。


「『それはそれ、これはこれ』だ。初任務から口酸っぱく注意しているが、君にラボでも希少な性質を持つ【能力】があるとしても、だからと言って無茶して良い理由にはならないぞ」


 見かねて2人の間に入るコマンド。


「まぁまぁ千紗、そう叱ってやるな。今回に関してはサポート役の俺が不甲斐無かっただけだし、むしろ坊主以外なら今ここで自分の生身の脚で立ってすら無いはずだ。少なくとも五体満足で帰って来れた点だけは褒めてやろうぜ?」

「……だったらコマンドの顔に免じてここまでにしておくが、これで本当に最後である事を願っているからな」

「分かりました……」

「さぁ、終わったんだからリーの所に行って来なさい」

「ありがとうございます……」







(ええっと、確か工房ってここだよな……)「リーさん? いますか?」


 時雨に南棟のエレベーターまで連れ添われた後、越はその脚でスライドドアまで辿り着く。

 今は、自室のより分厚く重いそれを《ガンガンガンガン》とノックし、お目当ての人物が在室しているのかどうか確かめているところであった。


「待ってて〜、すぐに行くから〜」


 やがて、部屋から柔らかい口調が返ってきたかと思えば、剱より二回りおおきい細目のマンバンヘアが出てきた。

 茶色のツールエプロンと作業用手袋を身につけているこの男の名前はロウ力剛リーガン、【監視犬ウォッチドッグ】専属のメカニックだ。

 

 同班のメンバーは基本的に彼の発明品に身を包んでおり、言わずもがな、越のガントレットやパーカーも彼の手によって作り出された物である。

 

「あ〜越君、君と会うのは1週間ぶりだね〜。それにしてもどうしたんだい? そんなに濡れてる上に臭うなんてさぁ」

「実はかくかくしかじかで……」


 そして装備が汚れた経緯を語る。


「なるほどね〜。だったら面倒くさいだろうけど、体を洗って服を着替えてからまた装備一式をここに持ってきてくれるかな〜? もう少し詳しく調べる必要はあるけど、メンテナンスに関してはぱっと見だと10分ぐらいで終わらせられるからさ〜」

「すいません……」


 越はいつになく項垂れる。


「良いから良いから、そんなに気負わなくても〜。確かに物は大事に扱ってくれた方が嬉しいけど、任務中にできた傷については(その人が無事に帰って来れるように守ってくれたんだ)って思えて、メカニック冥利に尽きるからさ〜。それとも何だい? ここに来る前に千紗さんの説教を受けたのが原因かな〜?」

「えぇ……恥ずかしながら大体合っています……」

「だったら仕方ないよね〜。君って本当に動きが荒っぽいからね〜」


 思わぬところで指摘を受け、越の目が点になる。


「えっ? そんなのどうやって分かるんです?」

「簡単な話、装備の状態から想像しているだけだよ〜。君の【能力】なら敵を生け捕りにするための加減が難しいのは分かるけど、だとしても打撃痕が誰よりも大きいからさ〜。まぁこういうのって、言われても一朝一夕で治せるような物じゃないから、これから意識して少しずつ矯正するしかないよね〜」


(そうか……だとしたら今度、帰省する時に一から爺ちゃんの手解きを受けるか……)


「……今日は色々ありがとうございます」

「役に立てられたなら何よりさ〜。そうそう、いきなりで申し訳ないけどついででもう1つ。最近で新素材が発明されたらしいから、お望みならそれを使って、より軽く、より頑丈にできるけどどうする?」

「でしたらもう少し後にしますよ。嬉しいご提案ですけど、先ほど言われたように俺自身の動きを直して、今の装備に見合うようにならないといけませんから」

「分かった。そういう話なら僕も楽しみに待っておくね〜」

「それでは、また後で」

「はいはい〜」


 越が部屋を出てからお辞儀をすると、リーは手を振りながらドアが閉まるのを見届けた。







「頼もう!」


 時と場所は打って変わり、夕間暮れのとある村のとある古民家。

 そこでは、元気に声を出す和服の男がいた。


「誰だ?」


 玄関の引き戸から、赤い羽織に黒い猿袴さるっぱかまとサンダルを着た家主と思われる老人が、迷惑そうに顔を出す。


「なに、俺は大嶽オオダケツルギというただのしがない旅人ですよ。ただ、今日はもう日が暮れかかっちまいやして……野宿をしようにも、この地域には猛獣がよく出ると言うじゃねぇですかい。ということで農作業でも狩猟でも何でも雑用を押し付けても構いやせんので、どうか一泊だけでも許していただけやせんか?」


 三度笠さんどがさを上へ被り直し、剱は老人と目線を合わせる。


「へっ、こんな寂れに寂れた村にも客人が来るとは、世の中まだまだ不思議な事があるもんだな。ちょうどいい、人手が足らんから望み通りに泊まらせてやる。そっちも言った事を忘れるんじゃねぇぞ」

「ありがたい! ついでに実家に帰った時にお礼を送りたいゆえ、恩人の名前を教えていただいてもよござんすか?」

「ワシの事は好きに呼べ。老い先短いんだから、もらったところで死んだ婆さんへの手土産にもならんもんは困るからな」

「承知! でしたら失礼!」

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