世捨て人魔術師の自己嫌悪

橘月鈴呉

世捨て人魔術師の自己嫌悪

 この世界は、元素で構成されている。


 その元素を自身の魔力によって手を加え、色々な事象を起こす技術が魔術である。


 この世の森羅万象は全て魔術式で表すことが出来、そしてその魔術式を展開・改編出来る頭脳や知識と、その展開・改編を実現させる魔力があれば、自身の意のままにすることが出来る。


 そんな魔術の研究に心置きなく没頭することが、私の望みだ。自己中心的で気まぐれな大魔術師たる師匠の様な悠々自適な生活、それが私の理想とする生活だった。

 幸いにも、私は現状その理想的な生活を送れている。


 好き好んで近付く者など誰もいない様な、魔物行き交う広大な森の奥。そんな、辺鄙という言葉では足りないくらいの場所に構えた私の城たる工房で、サクレ・ソルティレージュ王国の地図を見下ろす。そろそろまた素材採取に行こうかなと思い立ったのだ。


 この世のあらゆる物は魔術式としてほぐせる。そしてその魔術式が、他の魔術式の展開や改編を行う時に必要になったり、助けになったりするのだ。その組み合わせを研究するには、やはり現物が無いと難しい。だからそういった素材を取りに行くことも、立派な研究の一部だ。


 さて、前回は南の海に行ったから、今度は北の森にでも行こうかな。


 目的地さえ決まれば後は向かうだけ。誰かと予定を合わせるわけでなし、採取用の鞄を持って早速外に出る。


 前回はのんびり旅をしたい気分だったから海までトコトコ歩いて行ったけど、今は別にそういう気分でもない。どうしようかと周りを見回した時、風狼の遠吠えが聞こえてきた。

「うん、丁度良い」


 私は魔力を足に集めて脚力を強化すると、声のした方へ向かう。


 このまま北の森に行っちゃうのも手だけど、長距離となると服や靴が汚れたり破れたりしちゃうから、あんまりやりたくないのよね。

 木々の間から、先程遠吠えしただろう風狼の姿を見付ける。私はそちらにピッと人差し指を向けると、魔術式を含ませた魔力を風狼に向けて撃ち出す。魔力が風狼に届き私と繋がったのを確認すると、風狼にこちらに来るよう念を送る。


 複雑な感情や思考を持つ人間相手では難しいけれど、魔獣はこうして使い魔とすることが出来る。今回は簡単に意識を繋げただけなので、使い魔として操ることが出来るのは一時的なものだけど、もっと時間をかければ一生を共にしてくれる使い魔にすることも出来る。

(まあ、私はそんな本格的なのは、必要じゃないんだけどね)


 近くに寄って来た風狼を軽く撫でると、その背に跨る。私は小柄なので、成獣であれば特別大きな個体じゃなくても乗る上で不自由は無い。


 風元素を多く持つ風狼は、元々速く走れる。それに手を加えて、速さと持久力を上げれば北の森まではそうかからない。

 私は魔術式を含ませた魔力を送り、さらに風狼の速さを上げた。


 俊足という言葉すら生温くなった風狼の足でしばらく走れば、北の森が見えて来た。


 北の森のどこか決まった場所が目的なわけじゃないから、別にどこで降りても良いのだけど、森の浅い場所では誰か人と出くわす可能性があるので、森の深い場所まで駆け抜ける。良い感じに森が深まった所まで来ると、風狼の首を撫でる。意図が伝わって風狼は速度を落とし、そして止まった。


 私は風狼の背から降りると、ここまで連れて来てくれたお礼にと、魔術式を含ませていない魔力を送る。元々いた東の樹海に帰りたいなら、この魔力を使えばさっき程ではないけど速く帰れるし、住処をこっちに移すのであれば狩りや体調維持にこの魔力を使えば良い。


「ご苦労様、有り難うね」

 そう言って最後に一撫ですると、風狼に背を向ける。


 さて、ここからは気の済むまで当て所なく森の中を歩くだけだ。


 既に素材として用途が分かっている物は必要に応じて手に取り、未知の物は興味に応じて手を伸ばす。また、素材の採取場所や時期もしっかり書き留める。これがあるとないのとでは、研究の精度が変わる、大事な作業なのだ。


 周りを見回せば、私の頭は目に映る全てを既知と未知の素材として分類する。


 魔力を体中に行き渡らせて体を強化すれば、疲れも空腹も感じなくなり、休憩も食事も必要無くなる。だから本当に、何に気兼ねすることなく気の赴くままに素材採取が出来るのだ。


 もうそこからは理性と時間感覚をぶっ飛ばし、ただひたすらに目に止まる素材に集中する。


 ふと、目の端に入った物に興味を引かれ、そちらの方を向く。そこには一本の木。葉や枝の伸び方から考えるとエリヤという木だろう。そしてその枝葉の間に、黄色く艶やかな実が生っていた。


 エリヤの葉や枝は素材としての使い道を知っているが、実に関しては聞いたことが無い。これだけ目立っているのだから、誰も試したことが無いなんてことはないだろうが、用途が見つからなかっただけかもしれない。そういう物こそ研究し甲斐があるというもの。


 早速手に取ろうと、手前の茂みに足を入れる。と、何かに足を取られた。目線を木の上の実に送っていた為に、そこから体勢を体の動きで立て直すのは難しい。深く考えずに魔術式を含ませた魔力を、目の前の空気に叩きこむ。すると、私に向かって強い風が吹き、私の体は元の真っ直ぐな体勢に戻……るだけでは納まらず、そのままドシンと尻もちをついてしまった。


 痛みに顔を顰めながら、あのまま転ぶのとどちらがマシだっただろうと、考えてもしょうがないことが頭を過る。


 一体何に躓いたんだろうか。ため息を吐きながら正面に目を向けると、茂みの中、尻もちをついた私の目線よりも少し下に、涙をいっぱい溜めた目がこちらを見ていた。


 間違いなく面倒事の気配がする。

 私はここから離れるべく、すぐに立ち上がる。しかし、服の裾が何かに引っ張られる、相手の方が私より速かった様だ。


「あの、助けてくださいっ」


 一生懸命に出された幼い声が耳に届く。

 でも、そんなの知ったこっちゃない。人の事情に煩わされるのなんか、ごめんだ。


 私は掴まれた裾を強く引いて手を振りほどくと、足を動かした。「あ」という呟きと、漏れた泣き声、そしてそれがくぐもったのが聞こえた気がしたけど、意識から押し出した。


 私は人に煩わされるのが嫌いだ。人がどんな事情を抱えているかなんて、私には関係無い。人がどうなろうと、私は知らない。


 真っ直ぐ前だけを見て、足を動かす。周りの物は、ただ後ろへと流れて行く。地面すらも意識に残らず、ひたすらに足を動かす。


 ふと、脳裏に一瞬の泣き声と、それを抑え込んだ呻きが追いつく。


 足が止まった。

 ……ああ、これだから人と関わるのは嫌なんだ。






先程の茂みに両手を入れると、中の人を抱え上げる。


 中から出て来たのは、少女と呼ぶにはまだ幼い女の子。さっきまで声を殺して泣いていたくせに、今は驚きで涙が止まってきょとりとしている。そのきょとんとした目が私の目と合うと、体をビクリとさせてまた泣き出しそうに潤む。理由は分かっている、私の目がハッキリと怒っているのだろう。


 そう、私は怒っている。激怒だ、激怒。

 こんなお人好し、莫迦みたい。


 私は人に煩わされずにいたいのに、自分の気ままにいたいのに、どうして関係無いと割り切れないのか。本当、まだこんなことに、腸が煮えくり返る。


「それで、何がどうしたの?」


 ああ嫌だ、放っておけない自分が本当に嫌だ。自分の機嫌が急降下していくのを感じる。なので、こんなことはさっさと終わらせてしまおうと決める。


 女の子は、目を丸くした後に泣き出してしまった。さっさと解決すると決めたのに、これでは出来るものも出来ない。ああ面倒だ、本当に面倒。


「話したくないのなら、構わないわ」


 脅す様に言って女の子を下ろすと、私がまどこかに行くのを恐れて、腕にがしっとしがみついた。


「ぃうっ…お…話、し、する…か、ら、おにぃ、しゃ…け」


 押し殺せなかった嗚咽に塗れながら、女の子が言う。私はため息を吐いてしゃがむと、膝に頬杖をついて、

「それで、どうしたの?」


 ただでさえ小さな女の子の、号泣を抑えながらの話は、聞き取るのが大分難しかったけど、凡そこういうことらしい。


 兄と一緒に城を抜け出し街で遊んでいた時、兄と共に何者かに攫われてしまったのだと言う。そしてどこかに運ばれている最中に、兄が騒いで休憩をもぎ取って隙をついて二人で逃走。妹を先程の茂みに隠し、兄自身は別の方へと逃げた、と。


(兄は囮になった感じね。それに、状況的には兄の方が本命だった可能性は高いか)


 この国の人間とは思えないくらいに少ない魔力で感知し難いとはいえ、こんな子どもが息を殺した程度、本気で探せば見つからないはずがない。であれば、放っておかれたと考えるのが自然だ。


(まあ、こんな森の中で子ども一人なら、そのうち死ぬだろうから、狙いじゃないならわざわざ探さないでしょうね)


 話の中で出て来た「城」という言葉だとか、このサクレ・ソルティレージュ王国では珍しいくらいの魔力の少なさだとか、彼女たちの面倒臭そうな素性に関することは、意識的に無視をする。


 さて、やることが決まったのなら、サクサク終わらせてしまおう。


 すくっと立ち上がると、足元から探索の魔術式を練り込んだ魔力を広げていく。横だけでなく縦にも、球状に魔力を広げていく。しばらく広げると、それらしい場所を見付ける。しかも、探索の魔術式から嬉しくもないことに、兄妹を誘拐した目的も何となく察した。


(またしょうもないこと考えるわね)


 相手の意志じゃないのは知ってるけど、結果として私も巻き込みやがって、迷惑この上ない。


「さ、行くわよ」


 問答無用で女の子を抱き上げると、全身に身体強化。見付けた場所へと走り出す。身体強化した私は、軽く走っただけでも馬車を引くのに使われる土馬よりも速く走れるから、こんなに速く移動するのは初めてだろう女の子が、私の服を強く握る。


 少し走ると、いかにもな洞窟が見えて来る。

(こんな悪だくみ丸出しの場所だなんて、本当ふざけてんのかしら?)


 私の安息を壊したヤツらに、イラ立ちが募っていく。


 すでに探索は済んでいるから、行くべき場所も分かっている、そこに向かって行くだけだ。ここに限定して探索術式の展開も続けているし、見張りの動きも分かる。別に蹴散らしたって良いけど、この子のお兄ちゃんを確保するまでは慎重に行きたい。


「お姉さん、ここ知ってるの?」


 女の子が疑問の声を上げる。その声は思ったより大きく響いてしまって、ここの奴ら聞こえてないか心配になる。

 私は女の子を抱きかかえていなかった方の手を、口元で指を立てて「シッ」と黙らせる。彼女も慌てて両手で自分の口を塞ぐ。


『魔力で中を探ったから、中の様子が分かるだけよ』

 音を介さず、魔力で言葉を届けると、大きな目をまん丸くする。


 とりあえず、子どもだからいつまでも黙っているのが難しいというのが分かった、あんまり分かりたくなかったけど。


 繰り返しになるが、別にここの奴らに遅れは取らないから、蹴散らしたって構わないけど、この子の兄を保護するまでは、奴らに気付かれない方が面倒が無い。


 だから、少し足を速めながら進む。出来れば最短の道を歩きたいところだけど、見回りを躱す為に不本意ながら時に遠回りをしつつ、施設の主な階層から、さらに下がる坂道を進む。


 この子の兄は、この先だ。


 ここまでは人を躱してこれたけど、この先はさすがにそうもいかない。女の子の兄がいる部屋の前には杖を持った奴と、スクロールを持った奴が二人で話しながら立っていた、おそらく見張りだろう。


 騒がれると面倒だし、やるなら一気に二人とも、ね。


 胸の前で手のひらを上にすると、拳より少し大きいくらいの氷を二つ作る。そして、それを風の勢いで見張りの後頭部辺りへ、思いっきりぶつける。

 結構な大きさの氷を、正直死んでも構わないくらいの殺意を込めた勢いで繊細な後頭部にぶつけたのだ、時に警戒もしていなかった二人は、そのままバタッバタッと倒れた。


「よしっ」


 倒れた二人には目もくれず、扉の前に立つ。当然鍵はかかっているけれど、そんなことは関係ない。鍵に触れて魔力を送り込めば、鍵がドロリと解け落ちた。


 部屋の中は燭台が一本しかなく、薄暗い。このままでは不便なので、灯りを出しで浮かせる。その灯りに照らされた部屋の片隅で、一人の男の子が膝を抱えている。


「あっ!」

 抱っこしている女の子が嬉しそうな声を上げたので、下ろす。すると、男の子へと駆け寄った。


「お兄さま!」

「クレール⁉」


 突然部屋が明るくなったと思ったら、逃がしたはずの妹がいるのだ、そりゃ驚くだろう。


「お兄さま、お兄さま!」

「お前、何でこんなところに?」


 兄は事情を聞き出そうとするけれど、妹は泣いてしがみつくだけで埒が明かない。妹から聞き出すことを一旦諦めた兄が私の方を睨んで来る。せっかく逃がした妹を捕えて来た奴に見えてるんだろうなぁ。実際にはその逆で、逃がしてやろうと思っているわけなんだけど、「助けに来た」とかそんなことは言う気は無い。


 ため息だけ吐く。


 私もまともに話す気が無いことを察した兄は、再び妹に話を聞こうとする。


「助けが来るまであそこで待ってろって、言っただろう?」


 いやいや、あんな場所に一人でいたら、むしろ死んじゃうわよ、魔物だっているんだからね、この森!


 それとも、すぐに助けが来る当てでもあったのかしら?

 ……無いわね。森一帯を魔力で一通り調べた結果を考えれば、すぐに否定出来てしまった。


 まったく、随分と甘い考えの子どもたちね。


「ちゃんと…ちゃんと、待ってたもん。そうしたら、このお姉さんが来て、助けてって」


 ひっくひっくと嗚咽を漏らしながらも、女の子が言う。兄は不思議そうな顔で私を見る。


 これは、しっかり釘を刺しておかないといけないのではないだろうか?

 面倒臭い。


「言っておくけど、私がその子と遇ったのは本当にたまたまよ。

 しかもあんなとこ、普通人なんか来ないし、来たとしても多分あんたたちを誘拐した奴らの仲間でしょうよ。

 ま、多分あんな所にいたとして、魔物に食われるか、衰弱死するかどっちかだろうから、ほっとかれたって感じだと思うけど」


 ここがどこかきちんと把握していなかったのか、それとも人が来ない場所があるなんて考えたこともなかったのか。……どちらにしても甘いことには違いない。


「ともかく、話は出来たでしょ。

 それじゃあ、さっさとここをぶっ壊して出ましょう」

「へ?」


 目を丸くしている兄妹を有無を言わさず抱き上げると、廊下へ出る。まだ意識を取り戻さない見張りのことなど気にしない。


 さて、施設の中枢へと思ったけど、何かもう見取り図通りに歩くのも面倒だな、どうせここぶっ壊すんだし。


 さっさと魔術式を組み上げ、大量の魔力を練り上げる。そしてそれを思いっ切り前方に叩きつけた。巻き起こった暴力的な強風が床を壊し、壁を穿ち、途中にいた奴らを吹き飛ばした。


 目の前には風が通り抜けた分の横穴。

 中枢までぶち抜いたので、ここを進めば良い。


 こんな面倒事に私を巻き込みやがって。


 女の子に出会ってからずっと溜まり続けたイライラは、既に頭の上を超えてしまった。なら、悪者相手に八つ当たりしたって構わないだろう。


 あれだけ大きな音を出したのだから、まだ元気な奴らが、当然横穴の方の様子を見に集まって来る。歩く道に倒れられても邪魔なので、横穴に顔を出す前に強風で吹き飛ばす。


 横穴の半分くらいに来た時に、正面から大きな火の玉が飛んできた。

 魔術式を解析、打ち消し合う魔術式を練り込んだ魔力を叩きつける。すると、当然火の玉は消えた。


 少し間を置いて、もう一つ飛んできた。解析。さっきと少し魔術式が違うので、それに合わせて修正、飛ばして打ち消す。


 魔術式が変わったところで、やることは変わらない。氷が飛んでこようが、雷が飛んでこようが、竜巻が飛んでこようが、私の足取りは変わらない。


「何なんだ、貴様は!」

 何だかやけにゴテゴテした杖を持った男が喚く。


 魔術師にとっての杖は、魔力に魔術式を練り込む為の補助道具だ。男の杖は質を見る限りは悪くないけれど、性能に関係無い装飾が過多で、ちょっと趣味が悪い。


「なっ、王子? それに、姫⁉」

 私が抱えている二人を見て、男が驚いた様に呟く。


 まったく、そういう余計なこと言って、面倒な情報を与えないで欲しいんだけど。またイライラが募る。


「くそっ、邪魔をするなっ!」


 男がまた竜巻を飛ばしてくる。それを、「私だってしたくて邪魔してるわけじゃない!」という苛立ちを込めて相殺する。


 視界が開けると、男が驚愕に染まった顔をしている。


「貴様、何故杖も魔法陣も詠唱をなく、そんなことが出来る?」


 何故って言われても。

「別に魔術は、杖なんかなくても出来るじゃない」

 まさか、そんなことも知らないの、こいつ?


 相手の顔が、更に恐怖に引き攣る。


「理論的には、確かにそうだ……。それに、効果の小さな初歩的な魔術であれば、実際に出来る。しかし……、こんなこと補助無しで出来るだなんて…」


 そこで男は、何かに気付いた。


「そうか、貴様どこかで見た顔だと思ったら、大魔術師の弟子かっ!」


 ふ~ん、私が魔術学院にいる時にでも見かけたかしら? でも、正直あんな趣味の悪い杖覚えて無いのよね。いくら私が他人に興味が無いとはいえ、見てたらうぇ~ってなってそうなんだけどなぁ。


 つか、もう飽きて来た。


「もういいじゃん、私が誰だろうが、あんたが何をしようとしてたとか、そんなのどうでもいいでしょ。

 あんたがやったことが私を巻き込んで、それで私は心底イライラしてるの。

 だから、八つ当たりくらいしても、構わないわよね」


 私は男に向けて、横穴を作った時よりは弱めた風を送る。そのまま歩くのも面倒なので、中枢まで飛んで行く。


「浮遊魔術を、移動に使う?」


 中枢の部屋に入ると、尻もちをついた状態で、男が何か言っていたけど、もう気にしない。


 さて、私の八つ当たりもいよいよ大詰め。全部全部壊してやろう。


 部屋の床に書かれていた、おそらくこいつらの計画の中心であろう魔法陣に立ち、そこを中心に辺り一面の地盤に思いっ切り魔力を叩きこむ。


 私の魔力によって変質した地面がボロボロと崩れ、周りの土砂に埋まっていく。私たちだけでなく、男を始めとする施設内にいた十七人の魔術師も一緒に浮遊魔術で浮かせる。ちなみにあの趣味の悪い杖はもう土の中だ。


 男や意識のある何人かが、何か喚いているけれど、聞く気は無い。


 こいつらの計画を本拠地ごと粉々に砕いたことで、大分溜飲は下がったけれど、まだ足りない。


 あの杖を見ても分かる、おそらくこいつらは魔術師を特権階級か何かの様に考えているのだろう。……確かにサクレ・ソルティレージュ王国内であれば、そういった側面もあるのだけど、他国ではそうじゃない。まったく、建国時のことを歴史の授業で習っただろうに、その記憶をどこに捨ててしまったのやら。


 だからこいつら、みーんな国外追放ね。


 より魔力持ちへの当たりが強い国のある西へと十七人を吹っ飛ばす。なるべくバラバラになる様に。ま、でも皆いい大人なんだから、鼻っ柱さえ折られれば、何とかなるんじゃない?


 私はこれ以後、あいつらのことを思い出すのを止めた。


「さて、後はあんたたちを送って終わりね」


 一連の出来事を、声も上げずに目をまん丸くして見ていた幼い兄妹が、それを聞いてこっちを見る。


「あ、あの!」


 兄の方に話しかけられ、目を向ける。


「ありがとうございました、助けてくれて」


 少しの間。


「そうね、本当に面倒をかけられたんだもの、しっかり感謝して欲しいけど、いつまでも恩義を感じるのはやめてね」


 兄妹は揃って首を傾げる。


「あんたたちがずっと私を気にかけると、私がまた何かに巻き込まれる可能性が上がるわ。だから私のことはさっさと忘れて頂戴」

「で、でも……」


 なおも何か言おうとしてきて、うるさくなりそうな予感がしたので、眠気を誘う魔術式を練り込んだ魔力を二人に送る。まだ小さい上に今日は気を張り通しだっただろうから、あっさりと二人とも寝てしまう。


「さて、さっさとこのお荷物を届けてしまおう」


 首都に向けて、そのまま飛んで行く。






 首都に着いたら、気配遮断の術式を纏う。これで、そうそう人に勘付かれないはず。


 すっかり夜だったので、夜陰に乗じて歩く。


 特に騒ぎが起きている感じではないけれど、やけに兵士が多く感じる。まあ、間違いなくこの子たちのせいだよね。


 城門まで来ると、門番から少しだけ離れた所にぐっすりと眠っている二人を座らせる。距離が離れて二人が私の気配遮断術式から出た所で、少しわざとらしく音を立てて、そのまま自分は夜陰に紛れる。


 もう背中を向けた方から、「フェラン王子とブランディーヌ姫だ!」「お二人が見つかったぞ!」と騒然となったのを聞きながら、そのまま首都の外へと歩く。


 東側に首都を抜けて、私は気配遮断の術式を解いて、背伸びをする。


 久々に魔力の大盤振る舞いで、さすがに少し疲れてしまった。帰りはまた乗れそうな魔物を探そう。それで、工房に帰ったら寝よう! ベッド使うのどれくらいぶりか覚えてないけど、そのまま寝れる状態だったかな~?


「ハル」


 聞き覚えのある声がかかる。


 足を止めると、ため息を吐きながら呟く。


「本当に、魔力感知だけは優秀ね。もう魔力なんか全然無いくせに、どうしてアレで分かるのよ」


 振り返ると、見知った顔がにっこりと笑っている。


「私の魔力感知は魔力で行っているのではなく、感覚だからな。魔力の有無は関係ないさ」


「それで。畏れ多くも国王陛下が直々に、どの様なご用向きでしょうか?」


 敬意の欠片もない棒読みだっていうのに、この旧知の国王、ユルリッシュは笑みを深める。意味が分からない。


 一転、真剣な顔になると深々と頭を下げてきて、さすがに目を丸くする。


「我が子フェラン・イレール・エティエンヌ・サクレ=ソルティレージュ、並びにブランディーヌ・クレール・サラ・サクレ=ソルティレージュを救って頂き、感謝申し上げる、魔術師ハル殿」


「……王様がホイホイ頭下げて良いの?」


 頭を上げたユルリッシュは、また気さくな表情になり、

「礼を尽くすべき時にそれをするのも、王として大事だからね」


 そして、今度は真っ直ぐに目を見ながら言う。


「改めて、二人の父親として言うよ。

 私の大事な子どもたち、イレールとクレールを助けてくれて、有り難う」


 落ち着かなくて、何となく目をユルリッシュから外す。


「何かお礼をと言っても、何もいらないからほっとけと言われるだろうと思ってね……」


 ……見透かされてるのが、すごく嫌だ。


「でも、これくらいなら受け取ってもらえるかなと思うのだけど」


 連れていた風馬の手綱を引いて、一歩前に出す。


「私の愛馬の風馬だ。頭の良い子でね、君の工房で放ってくれれば自分で城まで帰って来られる。帰りに使ってくれないか?」


 ユルリッシュの顔を見る。魔術学院で初めて会った時から変わらない、人当たりの良い顔。こちらがどれだけ邪険に扱っても、ニコニコと近付いて来る。けれども、こちらが不快になる所までは踏み込まないのだ。


 今回も、私が受け取る範囲のお礼を差し出すのだから、本当にこの辺りの距離感に優れている。


 だから私も、何となく突き放しきれないのだと自覚しているので、とても癪に障る。


 私はこれ見よがしに大きなため息を吐く。


「せっかくだし、使わせもらうわ」


 笑みを深くするユルリッシュに、イラっとする。


 もうこれ以上話すことは無いと、浮遊魔術で風馬に乗ると、ひったくる様に手綱を握る。


「それじゃあ、またねハル」


 いつだってユルリッシュは「またね」と言う。私は反発する様に「もう会うことは無いわ」と返していたけど、それも意地になっているみたいで嫌なので、今回は何も言わずに風馬を走らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世捨て人魔術師の自己嫌悪 橘月鈴呉 @tachibanaduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ