探偵と謎の透明人間(後編)
「え、犯人じゃないんですか」
と店員の彼が言う。
そうなんです、と畑瀬は言う。
「じゃあ他に犯人が?」
うんうん、と頷く。
嘘〜と鼻につくような言い方で彼は言う。
「本当に、本当に?」
続いて稲荷丸も頷く。
「疑ってないけどさ」
思いっきり疑ってると思う。
「だとしたら犯人こんな丁寧にこの場に留まらないと思いますよ」と稲荷丸は的確なことを言った。
確かにとうまく彼を納得させた。
そのままの足で一回事務所に戻ることにした。
もちろん陽太も一緒に。
「稲荷丸さんって家帰ってるんですか?」
畑瀬は妙に気になっていたことを言った。
「帰ってないよ」
即座の返答に驚いた。
「家は」
「ない」
「本当に寝泊まりしてたんですね」
うん、と彼が言う。
「今日、陽太くん
おうち返しちゃって大丈夫ですかね」
陽太を見た後に稲荷丸は言った。
「チャイムがなるまでに解決しないとな」
というわけで、事務所へと戻った。
「何してるんですか、どういうことですか」
と会長は訊く。
「透明人間に当てようとしたら、
当たっちゃいました」と謝罪の意を込めて畑瀬は言う。
「透明人間は、どうだったんだい?」
逃げられました、と稲荷丸は言った。
しばらく間があいて会長は言った。
「殺人事件の犯人の可能性が」
本当にそうなのか、と畑瀬は思った。
「現場付近の映像、確認したら被害者以外
誰も映ってないんです」
やっぱり、と稲荷丸は頷いた。
「なにか、捕まえる手段ないですかね」
あ、と会長は言う。
「落とし穴」
「何言ってるんですか」
と辛辣な返答を返す畑瀬。
「なんか変なこと言った?」
うんと頷く稲荷丸。
「どこが」
「落とし穴ってとこが」
「変、やっぱ変?」
「掘りましょう」ときっぱり言う畑瀬。
要は誘き出して落とす。そういうことだ。
とある場所を目標地点とした。
そこは近くの畑。
会長の畑繋がりで急遽
使わせてもらうことになった。
「畑繋がりってなんですか」
と麦わら帽子を被った会長に稲荷丸は問う。
「まあ、色々」
「そっちの人間だったんですか」
とシャベルを持っている畑瀬も問う。
「じゃないじゃない」
順調に掘り進めておくといつの間にか
人ひとり入り切るような深さになった。
そこに新聞紙を引いて、土をかなり被せた。
「これ、罠ってすぐ気づきますよね」
畑から少し離れた場所に茶会の
メンバー3人がいる。
うん、と会長は言う。
罠を仕掛けた少し先に、
ただ折りたたみ椅子に座る陽太。
これは如何にも罠だ。
しばらく私たちは様子を伺う。
その時だ。
不自然に落とし穴が破られた。
効果は抜群だ。
「うそ」
「完全にやったね」
一番驚いているのは陽太の方だ。
急いでその場に駆け寄る。
ばたばたと砂が不自然にこぼれる。
「捕まえたぞ」と稲荷丸は言った。
会長は「でしょ」
と自信満々な表情を浮かべる。
多分なんとなくだ。
「もう逃げられないぞ、
と手前の砂が不自然に動く。
一回ばかし彼は咳払いをする。
「畑瀬ちゃん、今から俺は変なことを言う。
聞いていないことにしてくれ」
首を傾げる畑瀬。
「透明人間くん。単刀直入に言おう。
何回更衣室に入ったりした?」
呆れた顔で畑瀬は頭を抱える。
やはり稲荷丸には見えているようだ。
「2回?2回も?懲りないやつだな」
彼は透明人間の頭をポンポンと叩いた。
「まあ、そんなさ、元気なんだから、
人には迷惑をかけるなよ、分かった?」
「本当にわかった?」
しばらくした後にどっちなんですかと
問う畑瀬。
「まだ懲りてないきっと」
会長が言う。
「引っ張られないでくださいよ」
と心配そうに畑瀬は言う。
で、一体何の用なんですかと
知らない声がする。
後ろを振り返ると佐伯といったか、
警察官箕輪の隣のいる彼だ。
「透明人間?ここに?」
彼は穴が開いてある空間を指さす。
稲瀬丸は驚いた。
自ら透明人間である彼が両手を前に出した。
「ほら捕まえてくれって」稲荷丸は言う。
彼は手錠を彼の両腕のある方へ持っていく。
ここですよ、と稲荷丸は手の位置を言う。
がち、と硬い音が鳴り、透明人間の彼は手錠をかけられた。どうやって穴から出そう。
そうだ、問題はそれだ。
「このまま置いといてもいいじゃない」と稲荷丸は言う。危ない危ないと皆に言われる。
引っ張るぞ、の声を上げたのは佐伯だった。
絶対逃すなよと添えて。
勢いよく稲荷丸は手錠を掴み
力任せに引っ張る。
膝をつきながら透明人間は地上へ。
ありがとうございました、
と首をくいくいしながら佐伯は礼をした。
彼は透明人間の首根っこを掴んで。
「あの人歩いて帰るんですかね」
と畑瀬が言う。
歩いてきたらしい。
彼らは異様な光景でその場から立ち去った。
ありがとう、と溢す様に陽太は礼を言う。
その直後、稲荷丸は話し始めた。
「さて、陽太くん。聞かせてもらおうか」
困惑する会長と畑瀬。
「誰の指示で来た?」
むっとした表情になり、
陽太はこう言い出した。
「お兄ちゃん。お兄ちゃんの指示で」
お兄ちゃん?と畑瀬は頭を傾ける。
「鹿島か」
「何かご存知で?」と畑瀬は問う。
「懐かしいその名前。
あいつは今大阪にいるはずじゃ」
「近いうち、会いに行くと。
それでは私はこれで」
駆け出してその場からいなくなる陽太。
「私たち、騙されてたってことですか?」
俯く稲荷丸。
「そういうわけでもなさそうだ。
透明人間は何かの暗示だ」
「それは、彼の兄が作ったんですか。
その、透明人間」
「そうでもないようだね」
会長がぼそっと溢した。
「鹿島は危険だ」
「また荒れる様になりそうだね」
「あの、彼はどんな人物なんですか」
「元探偵の犯罪者。犯罪請負人だ」
大阪・道頓堀
「まだわしゃはガラケー使っとるんや」
携帯電話を片手にスーツの男は空を見上げる。
背丈は高く、サングラスをかけている。
胸元まで伸びるロン毛だ。
「関西弁いうもんは慣れるもんよ」
うんうんと頷いている。
流石の観光地だ。外国人の観光客が多い。
彼は道頓堀橋の中腹あたりに着いた。
「大阪人は皆たこ焼き食わんって、そうらしいわ。大阪来てたこ焼き食ってる奴は下に見られそうで怖いわ」とどうでも良い様なこともべらべら話す。
彼は少し笑った後に真顔になる。
その口上の髭は
まるでチャールズ・チャップリンの様。
「もうそろそろあがる頃や」
どこかから死体や、と声が上がる。
群衆は焦りと恐怖で不規則な悲鳴が聞こえる。
「ほらな、でてきたあ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます