第2話 祠を壊そうとしたら、祟り耐性つよつよギャルに止められた
深夜の住宅街。
四辻の一角に建つ、小さな木造の祠。観音扉が外れ、御神体である木像があらわになっている。
「よぉ。よくもダチを祟ってくれたな」
「……」
京子は御神体を睨む。
木像は静かに微笑むばかりで、何の反応も見せない。見る者を落ち着かせるような、穏やかな笑み……だが京子には、自分を嘲笑っているように見えた。
☆
数日前、京子のガラの悪い仲間が四辻の祠を蹴り壊した。仲間の一人が祠に足をぶつけ、八つ当たりに蹴ったのがキッカケだった。
次第に楽しくなったのか、遊びで蹴り始めた。他の仲間も加わった。観音扉が外れたのはその時だ。
京子は止めなかった。
彼女は常々、カーブぎりぎりに建っている祠を疎ましく思っていた。いっそ壊れてしまえば、通りやすくなる。実際、四辻では祠のせいで事故が絶えなかった。
「こらー! 祠を傷つけちゃならん! 祟られるぞ!」
「やっべ、逃げろ!」
観音扉が外れたところで、たまたま通りかかった老人に見つかった。
京子と仲間は散り散りに逃げ、いつもの溜まり場で合流した。
すると、あんなに元気に祠を壊していた仲間達が、合流する頃にはフラフラになっていた。顔は真っ青、目は血走り、全身に人の顔のように見える発疹ができていた。
「お前ら、どうした?」
「分からねぇ。急に体調が……」
「なぁ、さっきのジジイが言っていた祟りってやつじゃないよな?」
「まさか! 急に走ったから疲れただけさ。すぐに治るって」
ところが、仲間の体調は日に日に悪化した。医者にも原因は分からず、現在も入院している。
祠の祟りだ、と京子は思った。彼らを止めなかった京子も、すでに祟られているかもしれない。
かといって、怯える京子ではなかった。それどころか、仲間を祟った祠を恨んだ。
「元はと言えば、あんな場所に祠があるせいだ。祟りなんざ起こせなくなるくらい、跡形もなくぶっ壊してやる」
京子は人どおりが少なくなる深夜を待ち、鉄バットを手に四辻へ向かった。
☆
京子は祠に狙いを定め、鉄バットを振り上げる。その時、
「壊しちゃダメ!」
「ッ?!」
背後から鉄バットを引っ張られた。
視線をやると、爺さんでもおっさんでもない、見知らぬ派手髪ギャルが鉄バットにしがみついていた。白い虎が刺繍されたキャップとパーカー、ジーンズ生地の短パン、スニーカーと、スポーティ可愛い格好をしている。
「離せ! 誰だよ、お前!」
「あーし、なーたん! おねーさんは?」
「何でお前に名前教えなきゃなんねーんだよ! いいから離せ!」
「えー、やだ(笑) 教えてくれるまで離さないから!」
京子は渋々、名乗る。歳も訊かれたので答えると、「なんだタメじゃーん! 大人っぽいから年上かと思った!」と、なーたんは笑った。
その屈託のない笑顔に意表をつかれ、京子はかえって冷静になる。京子の仲間もよく笑うほうだが、他人をバカにするときや傷つけるときなど、いずれも嘲笑に近かった。
「アンタ、このへんの人? 何の用か知らないけど、早く帰ったほうがいいよ」
「心配してくれるの? 京ちゃん、やっさしー」
「京ちゃん言うな」
なーたんはドヤ顔で、祠を指差した。
「あーしはねぇ……その祠を壊しにきたの」
「……は?」
京子は耳を疑った。
祠を壊しにきた? 祠を壊そうとした京子を止めたくせに?
「さっき、壊しちゃダメって言ってなかったか?」
「あーしはいいけど、京ちゃんはダメ。その祠に祟られるから」
「ギャルのくせに、祟りなんか信じてんのか?」
「この祠の祟りはガチなの! やばたにえんなの! だから、あーしが呼ばれたんじゃん!」
なーたんの目は真剣だ。冗談を言っているようには見えない。
ふと、京子は先ほどのなーたんのセリフに引っかかりを感じた。
「アンタはいいけど私はダメって、自分は祟られても平気って意味?」
「うん。だってあーし、祠破壊許可証特級持ってるし」
「祠破壊……なんて?」
「祠破壊許可証特級」
なーたんは「祠破壊許可証」と書かれたプラスチック製のカードを突き出す。名前は指で隠れていて見えない。特記事項に「特級」「祟り耐性あり」とあった。
「あんた、詐欺師か霊感商法の人?」
「ちーがーうー!」
なーたんは「京ちゃんが信じてくれないぴえん」と泣き真似をする。涙は1ミリも流れていない。
おそらく、なーたんは自分で祠を壊したいのだろう。だから、先に壊そうとした京子を止めた。祟りや許可証もその口実だ。
さいわい、京子には「復讐は自らの手で下したい」といった拘りはない。壊したら祟られるかもしれない祠を代わりに破壊してくれるなど、願ったり叶ったりだ。万が一、なーたんが祟られたとしても、京子には関係ない。
京子は鉄バットを離し、祠の前から退いた。
「そこまで言うのならやってもらおうか、祠壊し。やっぱりなし、は無しだからな?」
「おけまる、京ちゃん!」
「だから、京ちゃん言うな」
☆
「んじゃ、いくよー!」
なーたんは京子のバットを手に、祠の前に立つ。
これからどんなうさんくさい儀式が始まるのかと思いきや、なーたんはおもむろに片足を上げると、
「せい!」
メシャッ
「……は?」
不要になった段ボール箱のように、祠を踏み潰した。祠は簡単にひしゃげ、大破した。
御神体が逃げるように、祠の外へ転がり出る。なーたんはそれを見逃さない。すかさず踏みつけ、真っ二つに割った。
京子のバットは未使用のまま、本人へ返還された。
「しゅーりょー! 乙なーたんでっす!」
「……」
なーたんは可愛くポーズを決め、壊した祠や御神体と自撮りする。祟られる気配はまるでない。
京子は呆然と、粉々になった祠と御神体を見下した。
祠を蹴りつけ、扉を壊した仲間達は病院送りにされた。京子は症状こそ出ていなかったものの、いつ彼らのようになるかと不安だった。
対して、祠を(物理的に)破壊したなーたんはぴんぴんしている。なんなら、祠を壊す前よりも元気だ。祠壊しでストレスを発散し、スッキリしたのかもしれない。
(あいつ、本当に何者?)
☆
「こりゃあ! なんてことをしてくれたんじゃ!」
夜の街に老人の声が響く。数日前、京子達を叱った老人だ。
老人は感情を昂らせ、走ってくる。京子は身構えた。
(また祟りだなんだと、口うるさく言うつもりか?)
ところが、老人はなーたんのもとへ駆け寄ると、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、なーたんさんや。これで安心して、道路工事が進められますじゃ」
「どういたしまして! お爺もいっしょに自撮ろ?」
「おい」
なーたんと老人は呑気に、祠の前で写真を撮ろうとする。仲間のときとは対応が全く違った。
「そいつはお咎めなしか? 祠の祟りとやらはどうしたんだよ、ジジイ」
「お、お前は、この間の不良娘! そのバット……さてはまた、祠を傷つけるつもりじゃったな?! 祟られると忠告したじゃろう!」
「嘘つけ。そいつ、ピンピンしてんじゃねえか」
「なーたんさんは特別なんじゃよ。祠壊しの"ぷろふぇっしょなる"でな、この祠に憑いておった"良くないもん"を祓ってくれたんじゃ」
「良くないもん?」
老人は町内会の会長で、四辻の道路改修工事の元責任者だった。
四辻は昔から交通事故が多い場所で、幾度となく改修工事が計画されてきた。だが、いずれの工事も作業員が謎の病にかかり、とん挫していた。
老人は「祠の祟りでは?」と考え、こういった現象に詳しいとある筋に相談した。
というのも、祠に宿っている神は四辻をたいそう気に入っており、別の場所へ移動しようとしたり壊そうとしたりすると「祟られる」という言い伝えがあった。専門家なら、祟られずに祠を移動する方法を知っているかもしれない、と期待していた。
ところが、とある筋から派遣されたなーたんは祠の写真を見るなり、こう言った。
「この祠、壊そっか! あっても邪魔だし!」
「それは困りますじゃ! 地元で愛されている土地神様だもんで!」
「? 神なんていないけど? 昔はどうだったか知らないけど、今この祠に宿っているのは邪悪なナニカだよ。交通事故を起こしてんのもコイツ。人間の霊力を効率良く吸えるから、この場所がお気に入りなんだろうね。写真の祠は壊して、別の場所でおニューの神様お迎えしな?」
老人は絶句した。今まで何に拝んでいたのか、恐ろしくて考えたくもなかった。
その後、他の住人とも相談し、祠の廃棄を決めた。皆も祠に違和感があったのか、反対する者は誰もいなかった。
……という裏話があったのだが、何も知らない京子には、老人がなーたんに騙されているとしか思えなかった。
「爺さん、そいつにいくら渡した? サツか弁護士に相談したほうがいいぞ」
「わしゃ、騙されておらんわい!」
☆
おんぼろレトロな外車が四辻近くの空き地に停まった。ガタイのいい、無精髭のおっさんが降りてくる。
服装はアロハシャツ、サングラス、短パン、サンダル。肩につくくらいの長さの髪を無造作に後ろで束ね、両手には大量の指輪をつけている。見るからにうさんくさい。
おっさんは京子の鉄バットに目を留め、「おやおや」と近づいた。
「お嬢さん。祠、壊しちゃったのかい? 美人さんなのにもったいないなぁ。君、もうすぐ祟られて死ぬよ」
「違うよ、ハッシー! 祠壊したの、あーし!」
なーたんが京子をかばうように立ち、おっさんを睨む。おっさんは「なぁーんだ、なーたんちゃんか!」と手を叩き、豪快に笑った。
「良かった、間に合ったんだね。急に車を降りるからびっくりしたんだよ?」
「だってハッシーの車、遅いんだもん」
「なーたんちゃんが壊したなら安心だ。さすがは特級、祠に憑いていた悪い気がキレイさっぱり浄化できている。準二級の私じゃ、こうはいかないなぁ」
「祠の残骸集めくらいはしなよ〜? そのために連れてきたんだから」
「はいはい」
おっさんが祠の残骸へ手をかざす。残骸はフワリとが浮き上がり、ひとりでに車のトランクへ飛んでいく。
京子は我が目を疑った。
「手品、か?」
「そっか。京ちゃんには見えないんだ」
「何が?」
「ナイショ」
なーたんは誤魔化すように笑った。
「さて、京ちゃんにかけられた祟りを浄化しないとね」
「また祟りか。そんな器用なマネができるなら、先にダチを治してやってくれ」
「そうもいかないよ。京ちゃんが元気なのは、祠の恐ろしさを広める語り部に選ばれたからだし。祠の悪いやつを復活させないためにも、まず浄化しておかないと」
そう言うと、なーたんは少し背のびし、京子を抱きしめた。
「ちょ?!」
「よーし、よしよし。がんばたー……がんばたね京ちゃーん……」
頭と背中をぽんぽんされる。その絶妙な力加減と優しい声色に、京子はたちまち眠気に襲われた。
「今夜見たもの、起きたことは悪い夢。だから、全部忘れるのデース、京ちゃーん」
「だから……京ちゃんって……言う、な……」
☆
翌朝、入院していた仲間が回復したと連絡があった。
昨夜の記憶はうろ覚えだ。祠を壊しに家を出たところまでは覚えているが、どうやって帰ったのか覚えていない。
病院までの道すがら、四辻へ立ち寄ると、工事で立ち入り禁止になっていた。例の祠は無くなっていた。
「やっと再開か。今日、ちゃんと工事できるといいなぁ」
「京ちゃん言うな!」
「は?」
「あ?」
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