第18話 拝殿

 見えるようで先が見えない石畳を歩いていく。景色は相変わらずの石灯籠と森。振り返るたびに遠ざかる鳥居だけが、私が動いていることの証明だった。

 石畳を歩く足音だけが、異界を反響する。不気味な紫色の空。等間隔に並ぶ石灯籠。境内を囲む木々は逆光のせいか黒々と塗りつぶされたような影。


 もう、歩き始めてどれだけ経っただろうか。一時間以上歩いている気もするし、まだ五分も経っていない気もする。振り返るたびに遠くなる鳥居に対して、心の不安は大きくなる一方だ。

 下校時に持っていたカバンは無く、スマホも無い現状では時間なんて分からない。

 もう十何度目かになる、鳥居の位置確認。振り返ろうとした瞬間、髪が流れる音に紛れて鈴の音が聞こえた気がした。


「何?」


 思わず顔を鈴の音の方に向けた。その方向は、さっきまでただの石畳であったはずだった。先が見えず、進むしかなかった道のはずだった。


「え、神社……?」


 たしかに、私はこの場所は神社を模していると思っていた。なぜなら、鳥居があるからだ。でも、鳥居の先には道だけで、どこか不気味だった。でも、今目の前にあるのは、いわゆる拝殿。お賽銭を入れて、詣でる場所だ。今、私の目の前に現れた拝殿は、木造でそこそこ古そうな見た目をしている。鳥居以外に突然現れた神社らしい建物に困惑する。これは、近づいてもいいものだろうか。

 不安になって、来た道を振り返る。


「! 鳥居が、無くなってる」


 今まで私が歩いてきた道の先にあった鳥居が消えていた。ひたすら続く石畳。その先にあったはずの鳥居が消えている。けれど、この拝殿までの道のりのように、見えているのに見えていない感覚とは異なっていた。うっすらとではあるが石畳にもやがかかっている。先が見えるようで見えないのではなく、靄が掛かっているから見えないのだ。その景色は紫色の空と合わせて、不気味さが増していた。

 今までなかった異変に、不安が増す。まるで、誘い込まれているようだ。

 自分で考えておいて、身震いする。やはり、はじめの場所から動かない方が良かったのではないか。そんな「もしも」を考えてしまう。


「この拝殿が、脱出路だったらいいのに……」


 この異界がホラーゲームだったら、ドッキリスポットかセーブポイントかゴールポイントなのに。その中でも今は正直、ゴールポイントであって欲しい。そんなことを思ってぼやいた。

 とはいえ、この先に道はなさそうだった。周囲を警戒しながら、拝殿に近づく。

 人気ひとけは無く、音も無い。ただ、何かしらの怪異存在がいないとも限らない。少なくとも、白目の男は音もなく現れたのだから。

 警戒心のまま、拝殿の周りを一周する。特に不審な感じはしない。というか、神社の建物にはそこまで詳しくないので、まあイメージ通りだよね、といった感想しか湧いてこない。


 もう一度、拝殿の正面に立つ。思い切って、賽銭箱の前に立った。

 視線の先は賽銭箱の奥。固く閉ざされた引き戸。もし、何かあるとしたらここだろう。

 何かが出てくる可能性も考えて、私は戸の横に身体を寄せる。そして、意を決して、戸を開け放った。

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