第16話 遭遇
暗い想いが胸の中を支配した。今の私ではこの空間の怪異に敵わない。助けだって、来ないかもしれない。
そういえば、あの誘拐犯は何者だったのだろうか。熊のように大きい男と小さく禿げた頭の男。私をここに置いていったのは彼らなのだろうか。一体、どうして、なんのために。あの二人に心当たりはない。
霊力のことを話していたから、祓い屋ではあるのだと思う。でも、普通の祓い屋がこんな異界に人を放置するだろうか。不安と疑念が混ざり合う。この世ならざる景色が、その思いに拍車をかける。
見渡す限りにおいて、元の世界に帰れそうな手掛かりは無い。強いていうなら鳥居だが、先が見えない以上怪異の本拠地の可能性も高い。けれど、反対側の石畳もまた続いているはずなのに見えない。かといって石畳の通りから離れようとすると深い森。どこも、怪しげな雰囲気しかしない。まさに、八方塞がりの状況だった。
震える身体を叱咤する。目で見えないなら、他の感覚を頼れ。例えば、感覚。例えば、聴覚。
耳を澄ましてみることにした。不安からか、自分の心臓の音がドキドキと頭の中を響く。今必要なのは、自分の音ではない。身体の外、この異界の情報を聴け。必死に自己暗示し目を閉じて耳を澄ます。深呼吸しようとして、呼吸音すら煩わしいと思った。吸うだけ吸って息を止めた。
しばらくして、その音が耳に入った。
ズルリ、と這うような音。ハッとして目を開き、周りを見渡す。止めた息を吐きだす。心臓が早鐘を打つ。けれど、一度聞こえた音の方を見た。その音は石畳の向こうから。
──直線のはずなのに見えない、向こう側から。
急いで、石畳の道から出た。直感だった。ここに居たらまずいと思っただけ。どうにかやり過ごせる場所は無いかと周囲を見渡した。石灯籠。私の腰の高さほどのそれは、縮こまれば身を隠せると思った。急いで、石灯籠の影に滑り込むように身を隠す。幸いにも、しゃがめば身を隠せるだけの大きさがあった。
息を止める。しばらくして、耳を澄ませずとも這うような音が聞こえてきた。
ズル、ズルと這いずる音。その音だけなら、重い荷物を引きずる時の様と感じるかもしれない。でも、日常のその音とは違う。重いものが動くように重い音、けれど軽やかに運ばれるような軽い音。相反するような心地を与えるその音は、心底不気味だった。
石灯籠を背にして知らず、息を止めた。目の前の薄暗い森が楽園に見えた。それほどまでに、石畳を這いずる音には存在感があった。
引きずる音が遠ざかっていく。恐怖は爪痕を心に残しながらも消えていく。もう一度、耳を澄ます。何も音は聞こえない。安堵して、立ち上がる。さっきの存在が怖いからと言って、ずっと森を見ているわけにもいかない。もしかしたら、何かを落として言っているかもしれないし。
そう思って、振り返る。
私の目の前には、教科書から出てきたような平安装束をまとった、白目の、男、が、いた。石灯籠越しに、こちらを見つめている。目が、合った。
私は、絶叫した。
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