AMSTERDAM

しえる

第1話 決意①






 平日の午前中のフライトだから見送りはいらないわ、と言ったのは私だ。




 それなのに、兄と妹はシャトルバスに乗るという私の言葉を却下して、兄の車で空港まで送ってくれた。




 まだ少し肌寒い、3月の初め。




「しばらく会えなくなるのに、ちょっと10日間旅行に行くみたいに言うなよ」


「そうだよ。エリカの言葉をうのみにしたら、私としゅんがお父さんたちに叱られるよ」


 妹の杏奈あんなは、五つ年上の私のことも七つ年上の兄のことも名前で呼ぶ。


 彼女は唇を尖らせてちょっと拗ねている。私はふっと笑みを漏らす。


「大げさだよ。いままでも地球上で家族がバラバラなこと、よくあったじゃない? もうすぐアンちゃんもボストンに留学でしょ?」


「そうだけど。ちょっと竣、薄情なエリカになんか言ってやってよ!」




 兄はふう、とため息をついた。


「まあ、知らないところに行くわけじゃないから心配はしてないけど。着いたら連絡して来いよ。つぎに帰国するのは正月か?」


「わからない。でも、おにいはよくヨーロッパに家具の買い付けに来るでしょ。だから寄れるときは寄って。アンちゃんも夏休みとかに遊びに来ればいいし。お父さんとお母さんにはもう昨日あいさつしたから」




 私たちは出発ロビーの隅の、人もまばらなカフェにいる。


 黒のジョガーパンツに白スニーカー、白いオーバーサイズTシャツに黒パーカーに黒のキャップ姿の杏奈は、栗色の長いストレートの髪をさらさらと左右に揺らして首を振った。




「簡単に言わないでよ。あっちに行ったら寝る間も惜しんで勉強する身になるのに。恋愛する暇もないわ」


「はいはい。頑張ってね」


「お前もめぼしい家具見つけたら、写メって教えてくれよ」


 午後から仕事に行くのだろう、ダークグレーのスーツ、白シャツに青系のネクタイ姿の兄が、ホットのアメリカーノを啜りながら言った。四分の一だけオランダ人の血を引く私たち兄妹の中でも、兄は一番その血を濃く受け継いでいる。日本人にしてははるかに背が高く、百九十センチ近くある。


「うん、もちろん」


 私は口元を引き上げた。




「おじいちゃんとおばあちゃんによろしくね。レヴィと奥さんにも」


「うん」




 私は腕時計にちらりと視線を落として、そして二人に微笑んだ。


「じゃあ、そろそろ行くね。見送りホントにありがと」




 兄も妹も、椅子から立ち上がった私をそれぞれ少し悲し気に見上げた。


 ここ数年の私をずっと見てきた二人が、何をもっとも言いたいのかはわかっている。でもあえて、私はそ知らぬ体で笑顔を見せた。


「大丈夫。笑って見送ってよ。人生の再スタートなんだから」




 二人は私の姿が見えなくなるまで、出発のゲートの外で見送ってくれた。


 私は彼らに背を向けると、口元に張り付けた笑みを消した。


 手荷物をチェックされて、エスカレータを下がる。





 もう、戻れない。


 前を向いていこう、そう決めた。





 私は今日、日本を発つ。


 そして母方の祖父母と伯父伯母、従兄のいるオランダへ5年ぶりに向かう。



 移住するために。



 新たな人生を、始めるために。










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