クレイドル太陽シリーズ

紙月

怖い話



「じりじりと太陽が照り付けています。コンクリートが鉄板みたいに熱くなっていて、裸足で歩くと足が焦げてしまいそうです。日傘をしていてもなお、暑くて苦しい。こんな時は肝を冷やすような怖い話がいいでしょう。このクレイドル太陽ちゃんがとびきりのお話を聞かせてあげますよ」



 スーパーのレジというのは、様々な人と接する機会がある仕事なので、退屈になるとカゴの中身を見てお客さんの生活を想像します。今回のお話は、そんな中で出会った一人のお客さんについてです。


 水曜日の二〇時頃に毎度私のもとに並ぶ女性がいました。その女性は、毎回私が好んで飲む九パーセントほどのお酒を二本と、反対に私が心から憎んでいるトマトを二つ購入していきます。背丈は私より少しだけ高いので、一六〇センチ後半ほどでしょうか。綺麗な黒髪がツインテールになっていて、とても可愛らしい容姿だったことを覚えています。

 初めの方は買っていく物を見て、絶対に気が合わないだろうなあ、と思っていたのですが、ある日から話しかけてくるようになりました。

「日高さんは学生さんですか?」

「私、学生ではないんですよ」

「そうなんですね。私は学生なので、人生の後輩ですね」

「こんなやつを先輩にしちゃいけませんよ」

 この日から、毎週少しだけ会話する関係ができていきました。


 それからひと月ほどして、やたらと忙しい日に当たりました。私の列にばかり人が並び、よれた私服の中年の男性に三度ほど怒鳴られ、若いカップルの片方に詰られ、自宅の鍵もいつの間にかポケットから消えている、そんな最悪の日でした。仕事を終え、舌打ちを我慢せずに裏口から駅へと歩き出すと、ぽんぽん、と肩を叩かれました。

「日高さん、明日私暇なんで今から公園で飲みましょう」

 いつもの女性がいつも買っていくお酒を二本ビニール袋に入れていました。ツインテールは解かれています。

「いいですよ。名前聞いてもいいですか? 」

「……あ、そうですね!朝日きさきです。お妃さまの、きさきです。日高さんの下の名前はなんですか? 」

「さき、です。平仮名なんですよ。母のこだわりですかね」

結局、その日は朝日さんの家に泊まって一晩中話していました。


 その頃から、実家からの仕送りに私が好きなお酒が入っているようになりました。私は、母の反対を押し切って上京し、夢破れてフリーターをしていますが、それを母には伝えていません。それゆえに、バレないようにと連絡は最低限にしています。なので当然お酒の話なんてできるはずがないのです。私は十八で上京しましたが、学歴に書けないような場所に所属したため、二十歳の段階で、高卒のフリーターが出来上がっていますが、それを母は知らないのです。

 おかしいことはもう一つあります。これまでは、保存の効く食べ物と無骨な便箋に五行程度のエールが書いてある手紙が一通入っているだけでした。しかし最近は髪飾りやピアスなどの小さな装飾品が入っていることもあります。ただ、これも母の気遣いなのでしょう。そんな風にあの時は考えていました。


 結局、半年ほどそんな違和感を抱えながら普段通り家とバイト先のスーパーを往復する日々を続けていました。変わったことと言えば、朝日さんとプライベートでも遊びに行くようになったことくらいです。こちらを先に話すべきでしたね。

 そしてその日も、いつも通りスーパーに行きました。しかし、その日は店長の調整ミスで私の仕事がなくなってしまいました。仕方がないので、家に帰ると、私が履かないような厚底のブーツが玄関に置いてありました。誰かが部屋にいる。ワンタップで警察に連絡できるようにスマホに入力だけ済ませて靴を脱ぎました。

「おかえり」

 奥から出てきたのは、朝日さんでした。

「ただいま」

 東京に来てから初めての友達だったので、スマホをスリープして近付きました。けれど、思い出しました。私は朝日さんをこの家に招いたことは一度もないってことを。



 「いかがでしたか?とても怖い話ですよね。もちろん、本当にあったことです。あれからは、ちゃんとするようにしました。名前をアルファベットにして話しているのは、本当にあったからなんですよ。AさんもHさんも、実在しますから。みなさん思ったより冷えませんでしたか?それならいいです。次のお話にいきましょう。時系列的には今の話が最新ですので、過去に遡ることになりますが」



 これは、私が高校生の時に体験した出来事です。私は、母と折り合いが悪く、高校には限界まで残って勉強してから帰ることが多かったのです。そのため、夕方の高校での話になります。母は、私の夢を応援すると形式上では言いましたが、実際は遠回しにやめるように言い続けていました。もっとも、私の夢は形を変えて、今は元気でやっていますけれども。

 話がそれましたね。そんなわけで、夕方の学校といえば、当然学校の七不思議探しです。私の学校は、よくあるフォーマットでしたので、トイレと旧校舎に二つ、廊下と理科室に一つ、そして欠番が一つというものでした。その欠番を見つけてやろう、と思って行動したわけです。私が目をつけたのは屋上でした。理由は、十年ほど前に飛び降り自殺があったという噂が流れていたためです。そもそも、それ以外のスポットにそういう気配がなかったというか、否定され尽くしていたのでわざわざいく場所が屋上しかなかったというのが正しいところです。

 しかし、屋上を探索しても何かが出てくる気配はありません。将来に影響する類の呪いとかならわかりませんが、当時は何もないと判断して帰ろうとしました。最後に、屋上からどんな景色が見えるのかを確かめようと塀の方に近づくと、バン!と強い音を立てて扉が開かれました。そして、私の体を強く引きました。

「何をやっているんだ! 」

 その正体は、用務員のおじさんでした。


 用務員のおじさんは、かつて起こった飛び降り自殺を止めることができなかったことを悔やんでいる様子でした。実際は十年前ではなく四年前だったこと。落ちる時に木に引っ掛かったから死ななかったものの、後日退学してしまったこと。そして自殺の理由は両親に夢を認めてもらえなかったことだった、ということを語っていました。私は、愛情が結果苦しめる結果になることもあるんだな、と感じました。



「とても恐ろしい話ですが、同時に私の夢や活動を肯定してくれる母に手紙でも書きたいなって思いました。お母さん、私元気でやってますよ!いつも仕送りありがと!」

 その後、少しコメントを読みながら配信を終わらせた。



「終わったよー」

「……」

「さきも喋る? 」

「なんで朝日さんは私のフリして配信するの? 」

「え?だってこれがさきの夢でしょ?ちやほやされたい、って。それより朝日さんはやめてよ。一緒に暮らし始めてからもう四年も経つじゃん。きさきでも、きーちゃんでも、いいよ」

「……」

「まあ、泣いているところも可愛いけどね。これに懲りたら、もっと安全に気をつけて生きようね。仕送りに覚えがないものが入っていたら確認しようね。見知らぬ靴が玄関に置いてあったらすぐ通報しようね。鍵を落としたら戻ってきた後でも一応鍵を変えようね。自分を大切にしてくれる人は大切にしようね」

ネットニュースの通知がスマホに入る。『娘が行方を消してから四年。母が語った後悔』

通知を消した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クレイドル太陽シリーズ 紙月 @sirokumasuki_222

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ