第4話
光の道を十分ほど進むと、集合場所になっているレストランに到着した。外観は海賊御用達の港町に立つ、少し品の良い酒場といった雰囲気だった。一階が苔むした石積みの壁ででき、二階以降がクリーム色の外壁に煙突のついた三角屋根になっていた。構造的には一階の正面入り口のある面が少し奥まっていて、アーチ状の石レンガの支柱が建物の前方を支えていた。
リーベルは二階の窓から漏れ出る光を見上げ、ここでいいんだよなと少し不安になっていた。入り口の扉がある部分には照明が一切なく、看板のようなものも何もついていなかった。リーベルとバークスとでこの店を予約したのだから外観は知っていて、確信もあったのだが、それでも入り口が真っ暗だとそこに踏み込むのが躊躇われる。
リーベルは恐る恐るアーチ状の壁をくぐると突然扉の両脇から炎が上がった。と同時に、重厚なダークオークの扉がギィと音を立てながら開く。リーベルは突然のことでしばらく身構えた姿勢のままその場で固まった。
扉の奥では揺らめいている一本の松明の炎が見えた。リーベルはその場の物々しい雰囲気にのまれ唾を飲み込む。まさに映画の世界。物語の冒頭、期せずして非日常に入り込んでしまったかのような緊張感がそこにはあった。
リーベルは少し襟を正し、中へと踏み出す。店内に入ると背後で扉が閉まり、外の喧騒が一切遮断された。リーベルは松明の火を頼りにし、壁に手をつきながらゆっくりと進む。松明にわずかに照らされた店内は壁も床も天井も岩盤で覆われ、本当の洞窟内を進んでいるかのようだった。松明を追ってさらに中へと足を進めようとすると突然耳元で声がした。
「リーベル・アストリーベ様ですね」
リーベルは跳び上がって驚いた。そこには赤いバンダナを被り、青と白のストライプの服を着て、首からは金色のネックレス、目には眼帯といういかにも海賊といった風体のヒューマノイド型ロボットがいた。機体の色は店の雰囲気に合わせて薄灰色に塗装されている。
「ご友人様方は既にお着きになっています。お部屋までご案内致します」
ロボットはリーベルが返事をする前にそう言うと、どんどんと奥の方へと進んでいく。驚きが冷めやらぬままついていくと、前方に人一人が通れるほどの大きさの隙間が見えてきた。隙間にはツタがかかり、奥から青白い光が差し込んできていた。人々の食事を楽しむ声も聞こえてくる。リーベルはそれを聞いてどうやら本物の海賊のアジトに連れ込まれたわけではなさそうだと安心した。
ロボットがツタを持ち上げ、どうぞと手を差し向けた。ツタを潜り抜けると、そこには幻想的な空間が広がっていた。
まず視界に飛び込んできたのは一隻の帆船。船は波にゆらゆらと揺られ、天井に空いた小さな穴からベールのような柔い光を受け、幽霊のようにぼんやりと浮かび上がっている。二つのマストにかかる黒い帆は強い追い風を受けているように張り、髑髏のマークが不気味に笑っているようだった。
店内は海辺の洞窟をモチーフにしており、海からの青い光で満たされ、程よい湿気がひんやりとしていて心地よかった。生臭すぎない潮の香りもわずかに鼻孔をくすぐり、まさに夏の海にバカンスに来たかのようだった。
海辺には砂浜があり、ヤシの木も生えている。数人がパラソルの下で船を眺めながらお酒や食事を楽しんでいる。砂浜からは帆船への渡し船が出ていて、乗客は滅多に楽しめない波の揺れを大いに楽しんでいるようだった。
偽の海は店の左奥にあり、陸側には湿気や酒、油で濃く変色してしまった風の板材が床に敷き詰められていた。所々がめくり上がって岩の地面が覗き、切り傷や弾痕、焼け焦げた跡があった。他にも至る所に酒や鱈の詰まった樽や赤や青リンゴの入った木箱、金貨が溢れ出ている宝箱に錆びた錨、串刺しにされた骸骨などが置かれていた。まさに誰もがイメージする海賊のアジトそのものだった。
店内で食事を楽しむ客たちも海賊になりきるように骨付き肉を豪快に頬張り、大ジョッキで酒を流し込んでいる。手や口元の汚れなど一切気にも止めていない。
「お部屋は階段を上がった三階になります」
リーベルはロボットに声をかけられてようやっと意識を現実世界に引き戻した。再び歩き出したロボットの後について、店内を奥に進むと木造の華奢な螺旋階段が見えてきた。階段を上りながら海賊のアジトをあちこち見回した。三階に向かう途中、階段の隙間から二階を覗いて見ると、一階同様にならず者たちで満たされていた。奥には帆船の黒い帆が見え、どうやら吹き抜けになっているようだった。三階に着くとそこは下とは一風異なり、海賊船にしては豪華すぎる船内の廊下に出た。廊下の両脇には上端がアーチ状になったドアが並んでいる。ロボットは廊下を進むと最奥の部屋の前で止まった。
「こちらのお部屋になります」
ロボットはそう言って軽く会釈をするとドアを開けた。リーベルが中をのぞくとバークスとウィンストンが顔を突き合わせて何やら深刻そうな話をしていたようだった。二人の丸く見開かれた目が同時にリーベルに注がれ、すぐに笑顔に変わった。しかし、それがリーベルには聞かれたくない話をしていて慌てて取り繕ったように見えた。バークスは不自然なほど自然な笑みを浮かべ、ウィンストンの切れ長の目の奥では緑の瞳が下に浮かんでいた海賊船のように揺れている。
リーベルは心臓が大きく高鳴るのか分かった。あまりに急激な鼓動に視界がぐるりと回るかのような錯覚も覚え、自分でも思いもよらなかった考えが頭をよぎる。そしてすぐにそんなはずはない、そんなはずはないと強く何度も自分に言い聞かせた。
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