第4話

私のもとに帰って来てからのトリガー様は、以前のトリガー様とは完全に変わってしまっていた。

…いや、もしかしたらそれは私の思い違いなのかもしれない。

今の彼の雰囲気こそが本来の彼のそれで、私はただただ彼の本当の姿を勘違いしていただけなのかもしれない。


「フローラル、今日はマリンと食事をしてくるから帰りは遅くなる。その間家の事はよろしく頼むよ。留守番は得意だろう?」


…トリガー様がここに戻って来てから何度、そう言った言葉をかけられたか分からない。

彼の中ではもう完全に優先順位が定まっていて、私の存在はもうすでにかなり下のものになってしまっているのだろう。

彼は全く悪びれる様子もなく、一方的な雰囲気でそう私に毎回言葉を発する。


「…トリガー様、お早いお帰りを願っております…。私は、いつまでもトリガー様の事をここで待っていますから…」

「あぁもちろん、善処はするとも。しかし僕には僕の事情があるから、そこはきちんと理解してもらいたいな。僕は騎士としての立場を持つ男だ。婚約者である君以外に複数の女性と関係を持つことを、君ならば理解してくれるだろう?」

「……」

「それじゃあ、行ってくるよ」


トリガー様は今日もまた、私に愛の言葉を告げることなく家を出ていく。

…最後に私が彼から優しい言葉をかけられたのは、いつが最後だっただろうか?

もう思い出そうとしても思い出せないほど、その時の記憶が遠いものになってしまっていた。


――トリガー視点――


「マリン、やっぱり僕には君の方が特別だ…」

「あらトリガー様、そんな言葉を私だけが頂いてしまってはフローラル様に申し訳がないです…。だって、彼女はトリガー様の婚約者様なのでしょう?それなのに私の方がトリガー様からの愛を頂いてしまうだなんて…」


少し目を伏せ、遠慮がちにそう言葉を発するマリン。

…彼女こそ騎士という高い身分でありながらも、そこにおごれることなく謙虚な言葉を僕に告げてくる。

僕は彼女のそんな姿により一層の魅力を感じ、胸の内に高鳴るものを感じずにはいられなかった。


「…マリン、君の声を聞くだけで僕は胸の高ぶりを抑えられないんだ…!まったく、どこまでも罪作りな人だよ…」

「なら、私との関係はもうおやめになられますか?私はそれがトリガー様の意思であるのなら、素直に従いますよ?」


やや挑発的な表情を浮かべ、トリガーの顔を見つめるマリン。

今はまだ二人は街中で合流したばかりであり、町ゆく人々の数も非常に多い状況にある。

しかし、トリガーはそんな周囲の状況など一切気にする様子を見せず、そのまま強くマリンの体を抱きしめると、自身の顔を彼女から非常に近い場所まで接近させたのち、こう言葉をつぶやいた。


「…マリン、僕はもう完全に君に夢中になっているんだよ…。だから、今更君との関係を諦めることなんてできるわけがない」

「それじゃあ、フローラル様の事はどうなるのですか?先にトリガー様がお選びになっていたのは彼女の方でしょう?」

「なにも心配はいらない。彼女だって僕の婚約者だというのなら、僕の事をしっかりと理解してくれているはずさ。そもそも僕は王宮に仕える騎士なんだぞ?僕の持つ愛情を他の女性に向けたって誰かから文句を言われる筋合いはないだろう。僕の事を独り占めしようなんて、それこそ身の程知らずの考えと言わざるを得ない。フローラルだってそんなことは分かってくれていると僕は信じている」

「なるほど、つまり私はフローラル様に向けられる他の女性たちからの嫉妬心を和らげる役割を果たしているというわけですね?さらに言えば、これはこの国に住まうみんなのためになっているとも言えるのでしょうか?」


どこかうれしそうな表情を浮かべながらそう言葉を発するマリン。

…その雰囲気は、まるで最初からこうなることを狙っていたかのようにも見て取れた。


「よく言ってくれたマリン、その通りだとも。やっぱり君はただの愛人ではない、僕の心を大いに高ぶらせてくれる存在だ!」

「そうですか?私は自分ではそんなつもりは一切ないのですけれどね…♪」

「フローラルのもとにいただけではみたされなかった僕の心を、君はかなり上手に癒していってくれている…!開いていた隙間を上手に埋めてくれていっている…!僕にとってはそれが一番大事なのだから!」


フローラルは僕の事を待ち続けていたと言っていたが、正直だからどうしたという感情しか湧いてこなかった。

それに対してマリンは、この僕の事を真に理解してくれている。

…フローラルにもこういう事ができればいいのだが、まぁ期待するだけ無理というものだろうか…。

だって彼女は、ただただ僕にとって都合のいい関係でいることしかできない無能な存在なのだから。


「…それじゃあマリン、今日は夜が明けるまで一緒に居よう。この先に素敵なお店があるのを知っているんだ」

「まぁ、それは楽しみですね♪」


…二人はそのまま、にぎやかな街中の中に姿を消していった…。

それが二人にとって運命を分かつ選択となることなど、この時は一切知ることもなく…。

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