戦いから帰ってきた騎士なら、愛人を持ってもいいとでも?
大舟
第1話
「トリガー様、今日も私はあなたのご無事を心からお祈りいたしております…。どうか、どうか戦いの場から生き残り、私のもとにおかえりになってください…」
私、フローラル・ミラーは、今日も自分の存在の無力さを全身で痛感しながら、婚約者であるトリガー・レイ様に向けて祈りをささげる。
彼は今頃その命を懸けて私たちのために魔物たちと戦っているというのに、こんなことしかできない自分の存在が嫌にならない日はない。
しかしそれでも、祈るだけでももしかしたら彼に何か力がもたらされるのではないかと思わずにはいられず、私は今日もこうして彼の残していった誓いの指輪を前にしてそう言葉をささげた。
私の婚約者であるトリガー様は、この国に住まう人々と王宮にその身を捧げる騎士だ。
その実力は非常に高いもので、王宮内でたびたびおこなわれていた模擬線では決まって1位、それも他の追随を許さない圧倒的な実力を知らしめての1位だった。
そんな彼と私が結ばれることになったのは、ほんの些細なことがきっかけだった。
――フローラルの記憶――
「君はどこの生まれ?」
「わ、私ですか…??」
「そう、君だよ」
私は王宮に使用人として使える両親のもとに生まれた一人娘。
だからこそ私もまた、この身を王宮に仕えて働くことを運命づけられていた立場にあった。
しかし私はそこに嫌な気持ちは一切なく、むしろ私で何かの役に立てるのならとこの身の全てを王宮に捧げるつもりでいた。
そんなある日の事、王宮の中で見習いとしてお掃除をしていた私のもとに、突然トリガー様が声をかけてくださったのだった。
無論、私はそれ以前にトリガー様と接点があったわけでもなく、話をしたことがあったわけでもない。
なんの予兆もなしに、突然向こうから話をかけてくださったのだった。
だから当然、私の見せた反応はそれはそれは恥ずかしいほど間抜けなものだったことだろう。
「この王宮にあって、君は静かに自分の役目を全うしているように見える」
「そ、そんなお言葉もったいないですよ…。私はまだこれくらいしかできないのですから…。それに、ここには私よりももっと自分の役目を果たされている方がたくさんおられますし…。私がトリガー様からそんなお言葉をいただいてしまったら、それこそ他の方に申し訳がないといいますか…」
「そうやって謙遜する姿、実に健気で可愛らしい。君、名前は何というんだい?」
「フ、フローラルと言います…」
まさか名前を聞かれることになるとは思ってもいなかった私。
そのためか、彼に答えるときの名前の言い方がこれまでにないくらいぎこちのないものになってしまう…。
「フローラル、素敵な名前だ。僕はトリガー、この王宮で騎士をしている。よろしくね」
非常にさわやかな雰囲気でそう言葉を発するトリガー様。
これは後から聞いたことだけれど、この時トリガー様は私の事をただの暇つぶしの相手として話しかけただけで、私に対してなにか特別な思いがあったわけではなかったらしい。
それがこの後、私たちは互いの事を想いあう婚約者の関係になっていくのだから、人生というものはわからないものだと、そう痛感したのだった。
――――
今日もまた、トリガー様帰還の話がもたらされることはなかった。
彼がいつ帰ってきてもいいように、ご飯は毎日この上ないほどの丹精を込めて用意し、きれいな状態でお風呂にも入ってもらえるようピカピカに掃除をしている。
もしかしたらすぐに眠りにつきたいとおっしゃるかもしれないから、ベッドだって毎日懇切丁寧に掃除を行い、いつでも快適な睡眠につけるよう態勢を整えている。
それらを使用人の人に命令するのは簡単だけれど、それじゃあ私の思いを彼に向けていることにはならないと思った。
…だからどうしたという話ではあるけれど、私は少しでもトリガー様のためになると信じられることをなにかしたかった。
すべては、私が心からお慕いするトリガー様のため。
彼がここに戻ってきて最初に目にするのは、私の笑顔であってほしい。
そして同時に、彼の笑顔を最初に見るのは私でありたい。
それを他の女性には、たとえ彼の肉親であっても譲りたくはなかった。
「…トリガー様、どうかご無事に…」
私は決してトリガー様の腕を心配しているわけではない。
彼の実力があれば、たとえ数百体の魔物が相手であろうとも決して負けることなどなく、そのすべてをせん滅されることだろうと信じている。
しかし、だから心配しないというのは別の話…。
彼が私に、必ず君のために戻ってくると言ってくださったのが、今から1か月ほど前の事。
彼は絶対に、もうすぐ戻ってくる。
これまで私にかけてくれた愛の言葉、誓い、約束、それを違えるはずなんて絶対にないのだから。
私は彼のそんなところを好きになって、彼も私の素直で健気なところを好きになったと言ってくれた。
なら私は、彼を信じて一途に待つだけ。
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