小説家少女はチート武器『ストーリーを紡ぐ本』で裏世界でも最強……のばすが、代償デカすぎて使えない

夜葉

第1話

 文芸部室。そこには私と、後輩の早川葵くんが二人きり。どうせならもう少し甘い雰囲気になってもいいと思うのだが……生憎、部屋に響くのは原稿用紙を捲る音のみ。もっとも、これを読ませているのは私なのだがね。

 葵くんが原稿用紙を置くと同時に、私は口を開いた。

「どうだ? 今回も名作ができたとは思わんか?」

 聞いたはいいものの、表情は暗い。こういう時、彼のセリフは決まって一言。

「微妙」

「やはりそうきたか。まあ、予想はしていたがね」

 背もたれに思い切り体重をかけ、天井を見上げる。見上げすぎて背後の壁まで見えてしまった。おそらく、仰け反ったことで強調された胸が葵くんを刺激していることだろう。

 本来なら、ここから改良していくのが小説家の仕事なのだろうが、読者がハッキリと微妙だと言ってしまったのだから仕方ない。編集には悪いが、この作品は没にさせてもらおう。

「そもそもよ、こりゃテメェの趣味じゃねぇだろうが」

「というと?」

「騎士の主人公が、愛する姫を守れず結果心中。そんなクライマックスはテメェが一番嫌ってたものだぜ?」

「なまじ私はなんでも書けてしまうからね。編集だって好き放題提案したくなるのだよ。これも全て、溢れ出すぎてしまう私の才能が悪い」

 葵くんは呆れながら席を立ち、原稿をゴミ箱へと投げ入れてしまった。

「そんで、また書き直すのか?」

「無論、今日はおやすみだよ。手が疲れてしまったからね」

「そりゃ手書きでやってたら疲れもするだろうよ。この時代にパソコン使わず書いてんのはテメェくらいだぞ」

「パソコンというのはあまり得意ではない。新人賞へと応募した時は仕方なく使ったが、私にはどうも効率が悪かった。もう一生手書きで良い」

「部の活動実績増やす為のやつか。俺はそんとき中坊だったから知らねぇが、よく一発でデビューできたな。それダメだったら廃部になってたんだろ?」

「そこはほら、私の才能が凄すぎてね」

「そんな才能あるクセに、それ以外ではダメダメなのな」

 ダメダメとは失礼な奴だな。私とて成績は学年一位。スタイルもよく、男子にも負けない腕力すら持ち合わせている完璧超人なのに。

 まあ、それの使い方はまったく分からないが。スポーツというのはどうにも好かん。教師なんか、才能はあるのに不器用すぎるとか言ってくる。

「じゃあよ、今日はもう暇なのか?」

 ん? もしかしてデートの誘いか?

 身体を起こして見てみると、葵くんはなにやらそっぽ向いている。おそらく恥ずかしいのだろう。頬が赤い。

 まったく、こやつはいつも可愛いところを見せてくれるな。どれ、その思惑に乗ってやろうではないか。

「暇だが、それがどうかしたのか?」

 頬杖をつき、身体を下げてやる。今はそっぽ向いてても、いずれは……

「どうかしたってほどでもねぇけど……って⁉」

 ほらきた。葵くんにとって、身体の大きい私と視線を合わせるには顔を上げるしかないからな。不意に目が合うというのはなかなかない体験のはずだ。

「ねぇけど?」

「……テメェ、わざとだろ」

 無論わざとだ。

 ククク……今、私の表情はかなり緩んでいるのだろう。自分でもよく分かる。キッチリしないとまた文句を言ってくるだろうが、どうもこれを直す気にはなれない。

「クソっ! これだからテメェは……とにかく、暇ならちと付き合えや」

「一緒にどこかに行けと? それとも、交際しろと?」

「前者だ! ちょうどウチの近くに喫茶店ができた。テメェの家もちけぇはずだ」

 なるほど喫茶店か。葵くんはそういったのんびりできる場所に興味は無いと思っていたが……やはり私に合わせて? なんて、ハッキリさせてしまうのは野暮というものだね。

「よかろう。小説の件を編集に伝えてから出たい。帰り支度を済ませて待っててくれ。もちろん、私のもね」

「それはテメェでやれや!」

 そう言いつつやってくれるのが葵くんだ。

 一つウインクしてから電話を掛けた。

「……おや?」

 繋がらないねぇ。この学校、たまに電波が悪くなるからね。確か、部室用のるーたー? とやらを買いたいと、葵くんが言っていたはずだ。それはいつになったら届くのかな。

「なんだ、また電話繋がらねぇのか……って、おい! どうなってるそれ!」

「どうなってる? それは私が聞きたいところだが」

 スマホに関しては葵くんの方が得意だろうに。

「はぁ⁉ 自分の身体のクセに、なんも分かってねぇのかよ!」

「それはもちろん。自分のことは自分が一番分からないというのはよく聞く話だろう?」

「哲学的な話じゃねぇよ! その消えかかってる身体はどうなってんのかって話だ!」

 消えかかっている?

 よく分からないが、ひとまず鏡を見にトイレでも……

 部室から出たが、そこは廊下ではなかった。

 周囲を見回しても、学校らしきものは見当たらない。転がる岩。風と共に吹き荒れる砂。ここは……荒野だ。

「葵くん、これは一体……ほう」

 居ない、か。

 私とて小説家。この状況には覚えがある。

「これが所謂、異世界転移というやつだね」

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