第18話「アンタもアンドロイドに仕事を奪われたクチかい?」
幾度目となるフィールドワークの日、間宮里保は町の喧騒の中を静かに歩いていた。
少し肌寒くなり始めた風が、彼女の髪をわずかに揺らす。
駅から降り立ち、彼女はどこへ行こうかと少し迷っていた。
普段は特に目的もなく歩くことが多いが、今日は何かが違う。
人々の様子が、どこかざわついているように感じられた。その時、遠くから拡声器を通した声が耳に届いた。
「アンドロイドは我々の世界を奪おうとしている!」
「奴らは人類に仇をなす存在!悪魔だ!」
その声に引かれるように、里保は自然と足を向け、人だかりの中に入っていった。
近づいてみると、男女のグループが演説をしているのが見えた。
拡声器を使いながら、彼らは激しい口調でアンドロイドに対する敵意をむき出しにしていた。
彼らの主張は一貫しており、「アンドロイド技術の発達によって我々人間の仕事が奪われた」というものだった。
里保はただ静かにその光景を見つめていた。
彼らの言葉が、まるで町全体に浸透するように響いている。
周囲の人々も黙って耳を傾け、言葉には出さないものの、同調するような空気を漂わせているのが感じられた。
「アンドロイドは人類の敵だ!」
「奴らがこの社会を崩壊させる!」
過激な言葉が次々と飛び交い、その勢いに押されるようにして、里保の隣に立っていた男性が彼女に声をかけてきた。
「アンタもアンドロイドに仕事を奪われたクチかい?」
と、まるで彼女の同意を期待するかのように問いかけてくる。
里保は一瞬、返答に困ったが、冷静に答えた。
「いえ、私は奪われてはいません」
男性は少し驚いたように眉を上げたが、それでも続けた。
「なら幸運だな、今のうちに稼いでおきなよ。どんな仕事も、いずれはアンドロイドに取って代わられちまうんだよ」
彼の言葉には、どこか諦めと苛立ちが混じっていた。
里保は何と言っていいかわからず、ただ立ち尽くしていたが、男性はそれに気づくことなく一方的に話を続け、満足したのかその場を去っていった。
残された里保は、その場に漂う重苦しい雰囲気を感じながらも、静かにその場を離れることにした。
心の中には言いようのない感情が渦巻いていたが、それをうまく表現することはできなかった。
街を歩いていると、今度は軽快なギターの音が耳に飛び込んできた。
音のする方へ向かうと、一人の女性が路上でライブをしていた。
彼女はギターを抱え、情熱的に弦をかき鳴らしながら歌っていた。
里保はしばしその音楽に耳を傾けた。女性の足元には小さな看板が立っており、【人間の作る音楽です。貴方に魂のこもった音楽を】と書かれていた。
演奏は次第に静まり、歌詞が優しく心に染み渡っていく。
「君と過ごす時間が
優しく心に溶けていく
流れる時の中で
変わらないものがあるから」
「言葉じゃ伝えきれないけど
君といればそれでいい
ただそばにいてほしい
それだけで十分だから」
演奏が終わると、観客たちはまばらながらも拍手を送り、女性の足元のギターケースには次々とお金が入れられていく。
里保もそれに倣い、静かにお金を入れた。
その瞬間、女性が里保に気づき、笑顔で声をかけてきた。
「ありがとう、機械が作った情熱の無い曲に負けないように頑張るね!」
里保は微かに頷き、その場を後にした。
新たに始まった演奏の音が背後に薄れ、やがて遠くへと消えていった。
タイナカ・エレクトロニクス社に戻るため、里保は再び電車に乗り込んだ。
窓の外をぼんやりと眺めながら、彼女の中には様々な疑問が浮かんでは消えていった。
「(アンドロイドは、人々の暮らしを良くするために作られたと聞きます。しかし、彼らの生活を奪ってまで生まれるべき存在なのでしょうか?)」
「(人間が欲しかったのは共存する相手ではなく、都合の良い奴隷だったのでしょうか?)」
そんな考えが、まるで終わりのないループのように里保の中で繰り返されていた。
やがて、最寄り駅に着いたことに気づき、彼女は無意識のまま電車を降りた。
会社への道を歩きながら、再び考えは深まっていく。
「(人間は……なぜ誰かを蔑まなければ生きていけないのでしょうか?)」
「(そんな存在を、私たちは本当に助け、守る理由があるのでしょうか?)」
自分の存在意義や、人間との関わり方について答えを見つけることができないまま、里保はタイナカ・エレクトロニクス社のドアを静かにくぐった。
タイナカ・エレクトロニクス社の無機質な建物の中に足を踏み入れた瞬間、外の世界で感じたざわめきや疑問は、一時的に封じ込められるように感じられた。
しかし、答えの出ない問いは心の中にまだ燻っている。
人間とアンドロイド、その間にある境界線は一体どこにあるのだろうか。
里保の胸には、薄くも確かな違和感が残ったまま。
それでも、次のフィールドワークの日が来れば、再び彼女は答えを探し続けることだろう。
里保の視界に広がるのは、いつもと変わらない仕事場の景色。
しかし、その足取りはどこか重たく、問いに満ちたままだった。
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