煉獄

姫路 りしゅう

第1話:告白

「わたし、許嫁がいるの。二十歳になったらその人と結婚する。だから君とは――」

「――それでもいい!」

 教室の窓から生ぬるい風が吹いた。

 僕たち二人だけの世界に、秋の匂いを運んでくる。

「例えあと二年だけだとしても構わないから! 僕と付き合ってください」

 頭を下げて、右手を差し出した。

「……」


 昭島香苗あきしまかなえが金持ちのお嬢さんであることは、学校中の誰もが知っていた。許嫁の話は初耳だったけれど、言われてみたら「そりゃそうだよな」と納得できる話だった。

 僕ごときが昭島家のルールを覆せるとは到底思っていない。それでも、二十歳になるときに結婚するんだったら、あと二年だけでも一緒にいたかった。

 だから僕は、受け入れた。

 二年後に必ず破局する恋路を受け入れた。

 二年後そいつに寝取られる恋路を、受け入れた。


「やめてよ、辰巳たつみくん」

 数秒の間があって、僕の右手がふわりと包まれた。驚いて顔を挙げる。

 彼女の両手は少し冷たくて、僕の焼けた手と対照的に白く輝いている。

「わたしだって辰巳くんのことずっと好きだったんだから、そんなこと言われたら、甘えちゃうよ」

 上目遣いに潤んだ目で見つめられる。恥ずかしくて思わず目を背けそうになる。

「ねえ、いいの? 辰巳くん」

「いいのって、なにが?」

「めんどくさいよ、わたし」

「……そうなの?」

「ちょっと引くなよ」

 ぎゅっと手を強く握られる。僕は笑いながら「めんどくさいなんて思わないよ。大好きなんだから」と言った。

「毎日メッセージ送るよ?」

「毎時でも毎分でもいいよ」

「じゃあ毎秒送る」

「ちゃんと寝てね」

 彼女はさらに言葉を続ける。

「週末は絶対デートに行くよ?」

「毎日でもいいよ」

「じゃあ毎日。これから君は毎日私と受験勉強して、毎晩電話して、同じ大学に行って、そこでも毎日デートする」

「同じ大学に行けるよう、がんばって勉強するよ」

「大丈夫。わたしが毎日教えるんだから」

 ドキドキしすぎて勉強にならないかもしれないな、と心の中で思った。

「今からわたしたち、毎日最高に幸せな日々を過ごすの。色んなことを一緒にして、今までわたしたちが経験したことないようなこと、たくさんの初めてを一緒にする。それで、それでね――付き合えて幸せだったな、別れたくないなと思いながら」

 昭島香苗は俯いて、ぽつりと呟いた。


「わたし、二十歳になったら別の人と結婚する」


「…………」

「ね、めんどくさいでしょ?」

 そう言って彼女はゆっくりと手を離した。

 そして改めて、僕の方に手を差し出す。

「もしね。もし辰巳くんがそれでもいいなら、わたしの方からお願いする。わたしと、付き合ってください」


 これは僕と君が付き合って、幸せな日々を過ごして、破局するまでの話。

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