第11話、熱い言葉

 重い瞼を開けると、見慣れた天井が目に入った。

 優はゆっくりと身体を起こす。いつの間にかベッドの真ん中に寝かされていたことに気付き、きっとランスがしてくれたのだと思った。


「あ……」


 優は自分の右手を見る。その手はランスがしっかりと握ってくれていた。


「ランスさん……」

「……」


 ランスはベッドの横で膝をつき、ベッドに上半身を預けて眠っていた。優はランスを起こさないように気を付けながら、そっとその顔を覗き込む。綺麗だと思った。すう、すう、と呼吸を繰り返す薄く開いたくちびるが色っぽい。

 キスがしたい。

 そう思って顔を近付けると、ランスが小さく「ん……」と唸った。優は思わず身体をそらす。


「ふわぁ……よく寝た……」

「ランスさん」

「あ、ユウ、起きた? 身体は平気? もう辛くない?」

「身体……あ、そっか……」


 自身の身体にヒートが訪れていたことが嘘のように、全身が軽い。熱っぽさも無かった。優はランスの手をぎゅっと握りしめて、小さく頭を下げた。


「もう平気です。ありがとうございました」

「良かった、お薬が効いたんだね」

「……ランスさんが、手をこうしていてくれたからです」

「ふふ、そうだと良いな」


 見つめ合って、軽いキスを交わした。優の心が満たされていく。ランスはいつだって、あたたかくて優しい。


「良かった。ユウが落ち着いてくれて。待ってね、タオルを持って来るから。汗を掻いたよね……身体を拭こう。それともシャワーが良い?」

「えっと……」


 優はベッドサイドの時計を見る。シャワーを浴びるには、少し早い時間だった。


「タオルをお願いします」

「分かった。お湯でタオルを絞って来るから待ってて」

「はい……すみません。何から何まで」

「ふふ。横になっていると良いよ」


 部屋を出て行ったランスを見届けてから、優はベッドに身体を沈めた。冷静さを取り戻した頭でランスのことを思う。もしも、薬も何もない状況で、ランスに抱かれていたらどうなっていたのだろう。そもそも……普通は、付き合ってからどのくらいで、そういう行為をするのだろう。


「全然、分からないや……」


 こういった疑問は、誰に相談すれば良いのだろう。ランスに直接話せば、意見をくれるだろうか。ぐるぐると考えを巡らせていると、ランスがタオルを二枚持って部屋に戻ってきた。


「ユウ、拭いてあげる」

「えっ? いえ、大丈夫です! 自分で……」

「彼氏面させて欲しいな?」

「……うっ」


 お願い、と綺麗な瞳に見つめられ、優はゆっくりと起き上がる。肌にくっつくシャツの感覚が気持ち悪い。ボタンを外してそれを脱ぎ捨てると、すっと心が落ち着いた。

 湯で絞られたあたたかいタオルが優を包む。ランスは丁寧に胸を、腹を、背中を拭いていく。


「拭くのは上半身だけで良い?」

「え?」

「あ、いや……ごめん。デリケートなことを訊いてしまって……」


 ああ、と優は納得する。

 確かに、少しだけ下半身が気になる。だが、そこをランスに拭いてもらうのは、さすがに恥ずかしすぎた。

 優は「平気です」と平静を装って言う。だが、心の奥で先ほどの疑問がまた顔を出した。

 思い切って、優は口を開く。


「あの、世の中のカップルって、付き合ってどのくらいでセックスするんでしょうか?」

「っ!? ユウ!?」


 ランスは動揺したのか、手にしていたタオルを床に落とした。そして、戸惑ったような声で優に言う。


「ひ、人それぞれなんじゃないかな?」

「あの、ランスさんは、いつぐらいにしたいですか? 俺、心の準備とかしたいし……」

「ま、待って! ユウ!」


 ランスはベッドに腰掛け、つん、と優の頬をつついた。


「ユウは早くしたいの?」

「あ、いえ、そういうわけでは……ただ、気になっただけで。ランスさん、今日はお薬を飲んでくれたけど……次のヒートの時はどうするのかなって」

「うーん……」


 すっ、とランスは優のうなじを指でなぞった。

 アルファがオメガのうなじを噛むと……つがいになる。つがいになると、アルファは他のオメガのフェロモンを感じなくなるし、オメガはつがいのアルファ以外を受け入れられなくなる。結婚よりも強い絆で結ばれることになる行為だ。

 ランスは、自分のことをつがいにしてくれるだろうか。

 ヒートの時に、うなじを噛んでくれるだろうか。

 優はちらりとランスを見た。ランスは、数秒黙っていたが、やがて口を開く。


「……大事にしたいんだ」

「え? 大事に?」

「そう。いずれはね、僕はここを噛みたい。強く結ばれたい。けど……まだ、今の僕たちには早いと思う。だって、付き合って間も無いし……本当は、今日だって噛もうと思えば出来たけど、ハプニングみたいだったし……その、ちゃんと、話し合いとか確認とか、そういうのをしてからじゃないと駄目だよ。それに、受け入れる側には負担が大きい。しんどい思いをユウにはしてほしくないんだ」

「ランスさん……」


 これほどまでに自分のことを大切に思ってくれているランスに、優は感動した。

 同時に、噛みたいとも言ってくれたことに嬉しさを覚える。ランスも、真剣に自分のことを思ってくれているのだ。


「なんだか、プロポーズみたい……」


 優は笑った。ランスがその頭を撫でながら言う。


「プロポーズはちゃんとするよ? 今のは、予行練習」

「……俺、ランスさんに噛まれたいです。いつか……ちゃんと準備した時に」

「ありがとう……幸せにするよ。ふたりで幸せになろう」


 熱い言葉に、優は頬を赤らめる。

 この人となら、きっと、ずっと、幸せになれる。そう思った。


「ランスさん、大好き」

「うん。僕も、大好き」


 見つめ合ってキスを交わす。

 大事にしてもらう分、自分も同じだけ大事にしたい。優はそう思った。

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