刻の神様

@HUNABORI_PARO

それは誰かのエピローグ

 それは冬の戸口だった。


 毎年のようにマスコミが報道する異常気象。その影響で今年の冷気はどうも慌て者らしい。

 気配は意識をする間もなく現れ、同じころには主張の激しいカボチャの装飾が街から一斉に消えた。それを不思議に思う人は誰一人として居なかった。


 人々の話題はすっかり寒くなったねといった事ばかりで、以前のように上を向いて紅い葉を見る者はいない。


 ある老人は苛立った様子でキレイキレイと称賛されていたそれをチリトリに集めている。


 ある恋人同士は幸せそうに話しながらそれを踏みつけて歩いていく。


 ある会社員はイヤホンを付けスマホを見ながら通り過ぎる。


 時間による忘却よりも速く、人々は自分の物だったはずの感情を無くしていた。いや、そもそもそんなのは始めから無かったのだろう。

 ただ彼らの住む世界が作り出しただけの、個人の手には入っていないものだった。


 世論によれば次のイベントはクリスマスか冬休みか元旦かで、今の季節はそこまでの『つなぎ』でしかなかった。ある意味で、冬よりも寂しい季節だった。


 ――そういった寒さのためか、住宅街の閑散とした路地に撒かれた血溜まりは急速に熱を失っていた。


 そこには抽象ではなく現実に堕とされた死があった。


 一人は腹部を割かれていた。位置からしてどうにも肝臓をやられたらしい。本来の人体ならあり得ることのない隙間から、今も絶え間なく血を流し続けている。


 もう一人は心臓を抉られていた。命を司る臓器があったスペースには空白が作られていて、そこを風がひゅうひゅうと音を立て通っている。それは妖精の冷笑によく似ていた。


 片方はまだ生きていて、片方はもう死んでいた。どちらが即死なのかは明白だった。そして生者もまた、数分の間に後を追うのは目に見えていた。


 今、誰かにとってはコンビニに通じる道で、誰かにとっては学校に友と向かう道は紛れもない異界となっていた。

 その光景だけにピントが合って、それ以外は全てがぼやけているように感じる。理性が意識を逸らそうとしても、人の獣に近しい何かがそこにある力場に引きずられてしまう。


 実際には全てが現実のものであるというのに、どこかに偽りがないか探さずにはいられない。二人を包み込む月の光は死を内包していた。


「ぁ」


 少女が僅かに口を開いた。同時に赤い液体が口に広がる。

 それが外から侵入するものか内側から上がってくるものかは分からない。死を味わいながら、虚ろな瞳はすぐそこに倒れている少年の顔を映す。


 今にも閉じられそうな少女の目には確かな光があった。しかし、それは彼女のものではない。街灯の白い光を反射して得た、一方的に与えられたものだ。意思と呼べるような確固としたものは、血に混じって溶けてしまっていた。


 同じように口を少しばかり開けて、同じように彼はこちらを見ている。当然視線が合うことは無い。何も見えないまま、こちらを視続けている。


 二人は互いの鏡になっていた。それが鏡だったら良かったと、少女は虚しい思いを抱いた。もし鏡ならば、まだ彼と話せたのに。


 少女は恨んだ。それは初めての事で、小さな体からはみ出す余りにも大きな呪怨を吐き出す方法を、少女は知らなかった。


 だからただ恨む。何を恨めばいいかも分からないままで。


 不条理を恨んだ。運命を恨んだ。死を恨んだ。人を恨んだ。世界を恨んだ。この世全てを恨んだ。


 最後に恨んだのは、自分自身だった。


 それを境に意識が落ちる。少女はそこで息絶えた。

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