僕と『僕』

及川稜夏

第1話

 久しぶりに、祖父母の家へ泊まりにやって

きた。趣のある家に二人とも住んでいる。


「久しぶり!おばあちゃん」

「ああ、優かい。大きくなったねえ」


 僕が声をかけると、おばあちゃんはお茶を運びながらそう返した。しかし、その場におじいちゃんはいなかった。

 聞くと、


「いま、工房にいるんじゃあないかねぇ」


と返ってきた。


 家を出て、すぐ隣にある工房に向かう。

 ごろごろと、途中まで組み上がったものが転がり、ネジやら工具やらが散らばる部屋だ。

 おじいちゃんは、出会って早々


「また、新しい発明品ができたんじゃよ。会ってみてくれないか」


と、誇らしげに返してきた。

 僕のおじいちゃんは発明家なのである。

 パンを焼いて打ち上げる機械だとか、触ったら感電するような剣のおもちゃだとか、あまり役に立つものを作っているとは言えないが、僕の自慢のおじいちゃんなのである。


 長々とおじいちゃんの語り出した発明品の自慢を聞き流しながら、僕は『発明品に会う』という表現に、どこか違和感を覚えた。


 しかし、「優(ロボット)の部屋」と書かれた部屋に行って、その表現は間違っていなかったと悟った。そこにいたのは、紛れもない『僕』だったからである。

 『僕』は、僕に話しかけてきた。


「こんにちは。『本物の』優くん」


 怖い。


「人型のロボットをつくってみたんじゃ。試しに優そっくりに作ってみたんじゃが、これが良くっての」


 とても人間にそっくりだった。

 確かに、思い返せば工房に、人の一部に見えなくもない形のパーツが転がっていたような気がする。


 確かに、これまでのものに比べたら何倍も面白い発明だ。

 しかし、僕の本能が告げる。偽物はいてはいけない、自分の居場所を取られてしまう、と。

 怖い。

 その一言が頭の中を埋め尽くす。何かが頭の中でパチリと爆ぜた。


 こんなものは、壊さなくては。


 コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセ


 僕は、今夜、壊すことに決めた。


 ロボットがいくら話しかけてこようと、おじいちゃんとおばあちゃんがいくらロボットに構っていようと、徹底的に意識から排除した。


 僕は一人だけだ。


 たとえ、後でおじいちゃんに怒られることになろうが、僕をみて欲しい。

 ロボットなんかに、成り代わられるわけにいかないのだ。


 夜中、こっそりと僕は、ロボットの部屋に入った。ロボットはまるで僕のように、目を閉じてスヤスヤと寝息を立てている。

 僕は手に、工房から持ち出したハンマーを持っている。

 これで殴ってしまえば、あの忌々しいロボットも、永遠に動かなくなるだろう。


 近づいた時、床がパキリ、と鳴った。

 センサーが何かが反応したのか、ロボットは目を開き、怯えたようにこちらをみた。

 ロボットは事態に気付いたようで、焦り始めている。

 でも、これで終わりのはずだ。

 僕は、頭部に向けてハンマーを振り翳して


「あ、れっ、な、んで」


 掠れた人工音声は、僕の喉から出ていた。気づくと僕は床に転がっていた。それも首だけ。体はそのまま、ハンマーは当たる直前で止まっている。床には大量のちぎれた配線が広がっている。その瞬間、理解した。


「っ、もっと早く緊急ボタン押してよ、おじいちゃん!」


 僕よりもっと人間らしい動きのロボット、もとい本物の僕がおじいちゃんに抗議している。


「また、失敗ですねえ」

「本物に会うと、壊しにかかることが課題かのう」


 いつのまにか、おじいちゃんとおばあちゃんが部屋にいる。


「次は、本物との出会い方を変えてみましょうかねえ」

「もう、僕、おじいちゃんの実験台になるのはごめんだからね!」


 本物の僕と祖父母が話している中、僕の意識は徐々に薄れていく。

 制御しているコンピュータに電気が徐々に届かなくなっていく。


 視界の端で、ちぎれた配線が火花を散らす。

 ロボットだったのは、僕だったのか。

 やっぱりおじいちゃんは碌なものを作ってはくれない。

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僕と『僕』 及川稜夏 @ryk-kkym

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