悪魔と呼ばれた婚約者
夕凪もか
第1話 悪魔の血は何色か
暗い雲が空を覆っている。もうすぐ雨が降り出すのだろう。雨は嫌いだった。でも今は違う。あの空だけが、私のこの心を理解して寄り添ってくれているように感じる。
私が死んだあと、雨が降り始めたら、興が冷めたと足早に去っていくであろう騒がしい観衆の声を聞きながら、そっと目を閉じる。今までの記憶が走馬灯のように脳内を駆け巡る。私の人生は、よくある恋物語のような結末にはならなかった。
夢を見た。この悪夢全てが夢で、目覚めた私は愛しい人たちと笑い合う、という夢。そしてまた目覚めた。悪夢は現実だった。
誰も私を信じてくれない。誰にも私の声は届かない。どうしてこんな仕打ちを受けなければいけないのか。どうして私だったのか。そんな考えを何度も、数え切れぬほどした。
来世なんていらない。運命なんて信じない。
私はこの世の全てを憎んだ。でも、愛する弟と、彼のことだけは心の底から憎むことはできなかった。殿下、どれだけ憎んで涙を流しても、最後に残ったのはあなたと誓い合った愛だった。
悪魔を罵倒する観衆の声が聞こえる。悪魔の血は何色か、と叫んでいる。以前、私は自分の腕から流れる血を見せて、私は悪魔ではない、と叫んだことがあった。でも、それを信じてもらうことはできなかった。悪魔は錯覚を見せることができるらしく、それもその一つだろう、と。
手足に繋がれた鎖は冷たい。刑を執行する男が、私の背中を蹴った。前へ進め、と言う。断罪の時間が来たようだ。かなり強い力で蹴られたようで、背中が痛い。全身が痛む上に、この数ヶ月間与えられていた食事は、誤って餓死してしまわないほどの量。そんな私の体力は今やないに等しい。どうして、この状態の人間に自力で前へ進めと言えるのだろう。そうか、私は人間の言葉を理解して動く悪魔。醜い悪魔だから?
涙を堪えて、どうにか少しずつ前へ進む。それに痺れを切らした執行人が、私を引きずり処刑台の前へ連行する。処刑台から見える最後の光景は、ソファーに腰掛け、足を組んで膝に腕を置き、退屈そうな目をしてこちらを見下げている男。その右隣には私の弟、左隣には天使のような女の子。
執行人が手を上げる合図と共に、処刑の瞬間が迫る。周囲が静まったように感じたその瞬間、弟と目があった。その髪には、いつも通りの寝癖がついていて、不意に愛おしさがこみ上げてきた。あなたは、どんな時でも私を笑顔にさせてくれる天才だった。
私は悪魔だったのか、悪魔ではなかったのか。私の血は何色だったのか。私自身がそれを知ることは叶わない。
ただ一つ確かなのは、私は彼を愛していたということだけ。
悪魔と呼ばれた婚約者 夕凪もか @mokayuunagi
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