第21話 村岡優子1

自宅の引っ越しと片付けが終わり、秋葉原ビル8Fに設けたAKビル管理の事務所と、自分の研究所のセッティングも一段落する。

といっても8Fは、事務所と研究所を仕切るパーティションと、机と椅子を並べただけだけどね。


いろいろ体を動かして疲れたし、区切りもいいから、外で美味しいものでも食べようと、家族そろって食事に出かけることになる。


秋葉原の街に出ると、年末の街の雰囲気で、3人が自然に笑顔になっていく。

12月になり、至る所でお客を呼び込むためのクリスマス音楽が鳴り響いている。

こういう街の雰囲気は良いな。


秋葉原は買い物客でいっぱいだ。

肉料理のレストランを目指して、3人で歩いていると、俺と同じ年ぐらいの女の子が、暗い顔をして道端に座り込んでいる。


この子、体調でも悪いのかな?

母さんも同じことを考えたみたいだ、そのまま迷わず女の子の側に近づいていく。


「体の調子が悪いの?」と、女の子に話しかけている。

女の子は首を横に振るだけだ。


世話好きの母さんが女の子の横に座って、やさしく話しかけている。

彼女の名前は村岡優子むらおかゆうこというらしい。


どうもその女の子は、家出をしてきたらしい。

お金を持っていないし、お腹も空いたので、道端に座り込んでいたようだ。


こんな小さい子供が、家出をすることなんてあるのかな?

相馬家が、誘拐犯に間違われたりしないのかな?


「あなたも一緒にご飯食べに行こうよ」と、母さんが子供を誘っている。

その子が頷くので、ご飯を一緒に食べに行くことになる。


そんなことをしたら、益々誘拐犯に間違われないかな……大丈夫なのか?

レストランに到着するまでまでも、母さんが優子ちゃんに話しかけている。

母さんは本当に世話好きだよな。


4人でレストランのテーブルに座る。

優子ちゃんは痩せているし、顔色も良くない。

いったいどういう生活を送っているのかな。


何だが前世の俺の姿とダブって見えてきた。

この子供をこのまま放ってはおけない、何とかしないといけないというスイッチが入ってしまった。


母さんは食事をしながらも、その子と話しを続けている。

あれ~、段々と母さんの表情が険しくなってきているのだけど。


母さん、怒っているな……

何かあったのかな、父さんも心配そうな顔になっている。


母さんが俺たちに、優子ちゃんの話を始める。


「優子ちゃんの両親は、昨年交通事故で亡くなったそうなの。その後、親戚の家に引き取られるものの、厄介者扱いをされて、1日2回しか食事をさせてもらっていないらしいのよ」


「粗末な朝ご飯を食べ終わると、日が暮れるまで返ってくるなと言われて、家の外に出される。雨が降っても、家の中には入れてもらえないそうよ」


「日が暮れて夜になる頃、やっと家に入れてもらえて、粗末な夕食が出されるそうよ。親戚家族は美味しそうな夕食を食べているのによ!」


「夕食を食べ終わると、いつまでこの家にいるつもりなのと、毎日嫌味を言われるそうよ。優子ちゃんが、自宅から持ってきた大切なものを、親戚夫婦が勝手に取り上げて、自分たちの子供に使わせているらしいの」


「匠と同じぐらいの、こんな小さい子供にそんなことをしているのか! 許せないな」

父さんもスイッチ入ったようだ。


「そうなのよ。私が絶対になんとかするわ! 優子ちゃん、まずはいっぱい食べなさい」

母さんも、料理をいっぱい食べている。

戦う前の腹ごしらえというところか?


食事が終わった……

「行くわよ!」

母さんがその子の家に行くと言い出す。


言い出すと同時に、その子の手を引いて、どんどん歩いていく。

俺と父さんは、母さんはどうするつもりなのかと、心配しながらも母さんの後ろを付いて歩く。


なかなか到着しないな……もう相当歩いたけどな……

タクシーで来れば、良かったと思う。


母さんは頭に血が昇っているから、そんなことは全然気にしていない。

どんどん目的の家に向かって歩いて行く。


「ここが住んでいた家です。優子ちゃんが指し示す」

やっと着いた……もうクタクタだ。


優子ちゃんが住んでいるアパートの部屋の表札には、村岡と言う名前の表札が掛かっている。

母さんが、躊躇なく呼び鈴を押す。


出てこないから、何度も押している。

すごいな! 母さん、戦闘モードだ……


父さんの方を見ると、母さんに何かあれば助けに行くぞという表情だ。

俺も同感だ、小さいから役には立たないと思うけどね。


部屋の中から意地の悪そうな顔をしたおばさんが、ゆっくりと出てくる。

母さんを、じろりと舐め回すように見ている。

嫌だな〜、こんなヘビみたいな顔のおばさんは……苦手だ。

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