第46話
「な、なんか出てる。先っぽ汁みたいのが、ちょっと出てるべ~。オっエー、めっちゃ臭っ、目にしみてきた、もう沁みるんだってばー、いいかげんに離してよ、マジで臭いんだって、ぐええーー」
スカンクは、まだ主砲を発射していない。肛門付近に充填された毒ガス液がほとばしってしまい、ほんの少し洩れているんだ。
一滴にも満たない汁なんだけど、これがまた信じられないくらい臭い。これに比べたら、生徒会長の悪臭なんて、そよ風みたいなものだ。
「うわ、くっさ。半ペー子、急いで吸え、吸えって」
「気合いれて、鼻と口から全部吸うのよ。ああ、もう吐きそう」
「そうそう。臭すぎて鼻が痛いんですけど」
「半ペー子ちゃん、ガンバっ」
せっかく、みんなの声援を受けているんだ。半ペー子、服部流超忍術でエクストリームなバキュームを見せてくれ。
「お、おまえらアホだろう。こんなの吸えるかって、オエー。な、なんか辛い。テリーヌの屁がめっちゃ辛いって。ニオイなのに味するって、なしてなの。たぶん、五万スコビルくらいあるよ」
半ペー子が涙目になって、洟と涎をすんごいたらしてるさ。可愛い顔がホラーになってる。
「うわ、うわ、ケツが上がってきた。スカンクの肛門が上がってきたって」
あ、ヤバい。
スカンク君のアナル砲の射角が上がって、半ペー子の顔面を外れてしまった。これでは、俺たちに直撃してしまうじゃないか。
「あげろあげろ」と熱海がわめく。
「んりゃあー」
半ペー子の両耳を握っていた京香が、力の限り引き起こしにかかる。
四つん這いの胴体から、首だけがグイグイと持ち上がる。キャメルクラッチの最上級型だ。すでに直角に近いくらいになってるよ。
「そうそう、やっちゃえやっちゃえ」
「飛べー、ティ〇カーベル。立つんだジョ〇。ちゃ~ら~、へっちゃらー、マスオこのやろう」
桜子委員長と生徒会長が焚きつけてるなあ。
自分さえ助かればいいんだという、じつにJKらしい行動だ。てか、生徒会長がなに気にイカれてるんだけど。キャラがヘンになってるって。
「ちょちょちょちょ、いた、いて、てててて。折れる、おでるう、って、ギブ、ギブ」
激しく逆エビ反りな状態になりながら、半ペー子が必死になって京香の手をタップしてる。もちろん、京香が力を緩めることはないし、俺たちも手を離さないからな。
「うっわ、うわあ、うわあ。アッかーん、絶対あかんやー。ナマンダブナマンダブ」
スカンク君の肛門とface to face、いやanal to faceになったくノ一が観念したのか念仏を唱えてるよ。
いやしっかしこれ、二次被害もバカにならないって。俺たちも巻き込まれるだろう。
「みんな目をつむって、口をヘの字にして鼻を閉じるのよ」
熱海がそう言うんだけど、目と口はなんとかなるが、鼻を閉じるのは無理だろう。アザラシじゃないんだぞ。そんな器用なことできるかよ。
「ちょ、波平が補助席で下痢ってさあ」
半ペー子がついに壊れて、わけわからんこと言いながら苦笑してるさ。
「対ショック対激臭防御」
いよいよ発射ですか、艦長。
って、あれえ。
なんだかスカンク君のお尻が下がっていく。ゆっくりと通常姿勢に戻って、肛門砲が見えなくなったではないか。
「ご~ろ~、さ~~~ん~」
ああーっ。
いつの間にか、亜理紗が近づいているじゃないか。幼女がスカンク君のすぐまえに立って、いたい気な瞳で見ているよ。
「ん~、くちゃ~い」
さすがに残り臭がきついのか、鼻をつまんで渋い顔だ。だがその表情も可愛いぞ、我が妹よ。
なにがうれしいのか、スカンク君が亜理紗の足にじゃれつくようにすり寄っている。秒速で、すっかりなついてしまった。
ひょっとして、この幼女にこそスカンク属性があるのではないか。
「亜理紗ちゃん、触ってはダメですよ。噛まれたら狂犬病になっちゃいますよ」と、元祖スカンク属性な生徒会長が心配するんだよ。
ネット民の投稿にもあったけども、スカンクは狂犬病を媒介させる害獣でもある。こいつがどこから日本にやってきたのか知らないが、危険なウイルスをもっているかもしれないからな。ヘタに触ると危ういんだ。
「それは大丈夫だよ。犬猫病院で注射打ってるから」
暴発の危機が去ったので、俺たちは半ペー子を解放していた。くノ一は腰に両手をあてて、偉そうな態度で虚勢を張っている。
「あんた、スカンクを犬猫病院に連れて行ったのか」
「バカじゃん」
熱海と京香があきれ顔だ。
「お父ちゃんが犬猫病院に行ったら、ジュース飲めてお菓子も食えるって言うからさあ、あたしがテリーヌを連れて行ったんよ」
おまえの親父さん、ぜったいに献血とペットの予防注射を取り違えてるよな。どうしてこう、親子そろってきれいにアホなんだろうか。
「お菓子はでないし、お金とられて食費なくなるし、めっちゃブルーになったけどさ」
スカンクになんのお咎めもなく注射する犬猫病院もたいがいだが、まあ、予防注射してるんだったら大丈夫だろう。
「おか~あ~さん~、ん~」
亜理紗が、スカンク君を引き連れて自分の席に戻っていった。熟睡していたお母さんを起こして、新しいフレンドを指さして、ん~ん~言ってるよ。
「あらあ、スカンクさんじゃないの。亜理紗のお友達なの」
「ごろ~さ~~~ん~~」
「へえ、吾郎さんっていうの。ずいぶんと寒い国から来たみたいねえ」
お母さんが吾郎さんの首根っこをひょいと掴み上げて、クンクンとニオイを嗅いだ。
「ちょっと、臭うわね」といって、バスに備えつけの、あり得ないほど汚れたボロ雑巾で、スカンクの肛門を力強く拭きだしたぞ。
吾郎さん、{うっ}って顔して耐えてるなあ。充分に拭った後、お母さんが超強力消臭剤をシュシュっとして、もう一度ニオイを嗅いだよ。
「うん、これでよし」
その生態に反してフローラルな香りになった吾郎さんを、亜理紗がナデナデしてる。以前の飼い主をあっけなく見限ったようで、半ペー子がいくら呼びかけても無視してるさ。そのかわり、幼女の足元では借りてきた猫のようにおとなしい。
まあ、これで毒ガスは制御できたわけで、よしとするか。
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