秘密の友達

ミラの中に芽生えたその小さな疑問は、次第に大きく膨らんでいく予感がしていた。しかし、今はただ、その険しい父の表情に怯えて、言葉を飲み込んだ。


ミラは父の真剣な表情を思い出しながら、眠れない夜を過ごしていた。アンドロイドに近づいてはいけない、という父の言葉が頭の中を何度も駆け巡る。普段は温厚で優しい父が、あんなにも強い口調で警告するのは、何かよほどの理由があるに違いない。けれど、その理由を知りたいという気持ちが、ミラの胸の中で大きく膨らんでいた。


「どうしてアンドロイドはそんなに危険なの?」


ポレモスに出会った時、彼は何も危害を加える様子はなかった。ただ静かに座っていただけだ。あの無表情で何も言わない姿が、かえってミラの心を惹きつけていた。彼に再び会いたいという気持ちが、次第に抑えられないほどに強くなっていく。


「お父さんには内緒で、もう一度ポレモスに会いに行こう」


そう決心したミラは、翌日、父が仕事に出かけた後、再び町外れの壊れた列車に向かった。心の中には不安と期待が入り混じっていたが、ミラは歩みを止めなかった。草むらを抜け、列車の錆びついた扉を開けると、ポレモスは前と同じように座っていた。


「また来たよ!」


ミラは明るく声をかけたが、ポレモスはやはり無反応だった。それでも、彼に会えたことが嬉しくて、ミラは彼の隣に座り込み、話しかけ続けた。父には言えない秘密の時間が、どこか特別に感じられた。


「お父さんは、アンドロイドに近づくなって言ってたんだ。でも、どうしてだろうね?ポレモスは何も悪いことしてないのに」


ミラはポレモスに話しかけながら、ふと彼の首筋にある「ポレモス」という名前の刻印を見つめた。なぜこのアンドロイドはここにいるのだろう?どうして一人で放置されているのか。ミラの疑問は深まるばかりだった。


しばらくして、突然ポレモスの目がかすかに光った。今まで反応のなかった彼に、ついに動きが見られたのだ。ミラは息を飲んだ。


「ポレモス……?」


小さく呼びかけたその瞬間、彼の瞳がゆっくりとミラの方を向いた。言葉はなかったが、確かな意志を感じさせる視線だった。ミラの胸が高鳴る。彼は何かを伝えようとしているのだろうか?


ミラは毎日、父に内緒で町外れの古びた列車へと足を運んだ。そこには、彼女が見つけたアンドロイド、ポレモスがいる。最初は無反応だったポレモスも、少しずつミラに興味を示すようになり、ほんの小さな反応が返ってくるようになった。


ある日、ミラが列車の扉を開けると、ポレモスがゆっくりと顔を上げた。まるで彼女が来ることを知っていたかのように。


「おはよう、ポレモス!」

ミラは元気よく挨拶しながら、彼の隣に腰を下ろした。ポレモスはじっと彼女を見つめていたが、ミラは気にせず、日々の出来事を話し始めた。


「今日はね、パン屋さんに寄ったんだけど、新しいパンが焼き上がってたんだ。すごくいい匂いだったよ!」


最初はポレモスがただ聞いているだけだったが、ある日、彼の手がわずかに動くのをミラは見逃さなかった。手の平が何かを示すように、ゆっくりと動いたのだ。ミラは驚いたが、その反応に笑顔がこぼれた。


「わかってくれるんだね!」

ミラは嬉しそうに言い、さらに話を続けた。


次の日、ミラが来ると、ポレモスは既に彼女を待っているかのように目を向けていた。まるで挨拶のように、ミラが来たことを確認すると軽く頷く。ミラはその変化に気づき、どんどん彼との会話を楽しむようになっていった。


「今日は、ポレモスも何か話してみる?」

ミラは軽く尋ねたが、ポレモスは黙っていた。だが、その沈黙の中で彼が首を傾けるような仕草を見せた。ミラはそれが彼なりの答えだと感じ、続けて話した。


「でも、大丈夫だよ。私がいっぱい話すから、聞いてくれるだけでいいからね!」


日々の小さな交流が積み重なり、ミラとポレモスの間にはゆっくりとした友情の絆が芽生えていた。ポレモスが言葉を話さなくても、彼はミラの言葉に反応するようになり、時折手や頭を動かして返事をしてくれる。ミラは、そんなポレモスの変化に心が踊った。


ある日、ミラがポレモスに小さな石を渡してみた。彼女は子供の頃から、綺麗な石を集めるのが好きで、その日見つけたものを彼にあげたのだ。ポレモスは無表情のまま石を受け取ると、その石をしばらく見つめ、ゆっくりとミラの手の上に戻した。


「これ、気に入らなかった?」

ミラは少しがっかりしたが、その時ポレモスの指が再び動いた。彼はミラの手の上に石をそっと乗せ、そして自分の手のひらをミラに差し出した。まるで「これは君の大切なものだ」というように。


ミラはその仕草に感激し、彼の手を軽く握り返した。言葉はなくても、彼らの間には確かな絆が生まれ始めていた。

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