ジャッジメント・オブ・エスピナ〜素敵な別れ〜

Ziem

友との出会い

12歳のミラは、小さい頃から体が弱かった。母親を幼い頃に亡くし、父と二人で暮らす毎日だったが、彼女はいつも明るく、周囲に元気を分け与えていた。家で安静に過ごすことが勧められていたにもかかわらず、ミラは家の外に出るのが好きだった。体力が続く限り、彼女は街中を駆け回り、街の人々と笑顔で挨拶を交わしていた。


街の人々もそんなミラを温かく見守っていた。彼女の体は決して強くなかったが、明るく快活な笑顔と親しみやすい性格で、街の人気者となっていた。特に朝早く、まだ街が静かに目を覚ます頃、彼女は元気に道行く人々に挨拶をして回り、その姿に多くの人々が元気をもらっていた。パン屋の主人や花売りの老夫婦、鍛冶屋の壮年の男たち。誰もがミラに目を細め、彼女の元気な声に癒されていた。


そんなミラが、ふと普段の道から外れて町外れへと足を運んだのは、ある晴れた日のことだった。いつも行く場所では物足りなくなり、少し冒険をしてみたくなったのだ。町外れには、長年放置された古びた列車があり、誰も寄りつかないその場所は、ミラにとって未知の世界だった。草に覆われ、錆びついた車両はかつての輝きを失い、ただひっそりと佇んでいる。


「何があるんだろう?」

ミラの胸は好奇心でいっぱいだった。誰もいない車内は不気味でありながら、どこか惹かれるものがあった。壊れた窓から漏れる薄明かりが、列車の中をぼんやりと照らしていた。


ゆっくりと列車に近づき、一歩ずつ慎重に足を進める。彼女の小さな手が、重い扉をぎしりと開けると、冷たい風が顔に触れた。車内に足を踏み入れた瞬間、何かの気配を感じた。心臓が一瞬だけ高鳴り、ミラは小さな息を呑んだ。


車内の奥、シートに寄りかかるように座っている少年の姿が見えた。いや、少年のように見えるものだった。近づいてみると、その少年は人間ではなく、アンドロイドだった。ぼろぼろになった服をまとい、瞳には何の感情も浮かんでいない。


「……こんにちは?」


ミラは恐る恐る声をかけた。だが、反応はない。アンドロイドは、じっと彼女を見つめるでもなく、ただそこに座り続けていた。何かに怯えているような、もしくは警戒しているような空気を感じたミラは、少し困惑した。だが、それでも彼女は諦めなかった。何度も話しかけたり、手を振ったりしてみたが、やはり返事はない。


ミラは少し考えた後、アンドロイドの横にそっと腰を下ろした。彼が反応するまで待とうと決めたのだ。彼女の小さな体はかすかに震えていたが、その目には好奇心と優しさが満ちていた。何かが彼をここに閉じ込めているように感じた。自分が手助けできるかもしれない――そんな思いが彼女の中で膨らんでいく。


しばらくの間、二人の間には静寂が流れた。ミラはアンドロイドの顔を見つめ、じっと彼の様子を伺っていた。すると、彼の首筋に小さな刻印が見えた。何かの表記が彫り込まれている。


「ポレモス……?」


ミラはその文字を小さく口にした。それが彼の名前なのだろうか?彼は誰なのだろう?何をしてここにいるのだろう?次々と湧き上がる疑問に、ミラの心はますます引き込まれていった。


ミラはアンドロイドをじっと見つめていたが、ふと、耳に馴染みのある鐘の音が聞こえてきた。町の協会の鐘だ。鐘の音は、街全体に響き渡り、昼の12時を告げている。それを聞いた瞬間、ミラの顔には焦りが浮かんだ。


「もうこんな時間!お昼ごはんだ!」


ミラにとって、お昼ご飯は特別な時間だった。いつも決めていることがある。どんなに遊んでいても、12時の鐘が鳴る頃には必ず家に帰って、父と一緒に昼ご飯を食べること。これはミラと父との大切な習慣であり、何よりも楽しみにしている時間だ。


アンドロイドは相変わらず無反応だったが、ミラはにっこりと笑いかけた。


「またね!今度また来るから!」


そう言うと、ミラは軽やかに立ち上がり、古びた列車の扉を開けて外へ飛び出した。彼女の足取りは軽く、まるで新しい冒険を始めたばかりのようにワクワクしていた。アンドロイドとの出会いは、ミラにとって未知の世界への扉を開いたかのようだった。


街に戻る道中、ミラはスキップをしながら鼻歌を口ずさんでいた。青空の下で吹く風が心地よく、木々のざわめきが耳に心地よい。アンドロイドと出会ったことが、まるで新しい冒険の始まりのようにミラの胸を踊らせていた。これからどんなことが起こるのか、彼との次の出会いを考えるだけで心が躍る。


街に戻ると、道行く人々に元気よく挨拶しながら、ミラは軽やかに踊るように進んでいった。彼女の顔には笑みが溢れ、町の人々もそんなミラの姿に微笑んでいた。彼女の無邪気さが周りを明るく照らしているかのようだった。


家に着くと、ミラは玄関を勢いよく開けて、すぐに台所の方へと駆け寄った。父はすでに昼ご飯の準備をしていて、鍋の中からいい香りが漂っていた。彼はミラが入ってきた音に気付き、振り返って微笑んだ。


「おかえり、ミラ。ご飯の準備はもうできてるぞ。」


「ごめんね、お父さん!すぐに手伝うよ!」


そう言って、ミラは急いで手を洗いに行こうとする。だが、父は優しい声でミラを止めた。


「いいよ、ミラ。今日はゆっくりしてなさい。」


ミラは一瞬立ち止まり、父を見つめた。父はいつも忙しく働いている。ミラはそのことをよく知っているからこそ、手伝いたい気持ちが強かった。


「お父さんこそ、いつも仕事で疲れてるんだから、ゆっくりして!」


ミラの言葉に父は少し驚いた様子だったが、微笑んで「そうか、じゃあ一緒に作ろうか」と言った。二人は自然な流れで一緒に昼ごはんを仕上げ、テーブルに並べた。


食卓を囲んで、父とミラは笑顔で話しながらご飯を食べ始めた。ミラはさっきのアンドロイドのことがどうしても気になり、少し戸惑いながらも、勇気を出して父に尋ねた。


「ねぇ、お父さん。アンドロイドって……何か知ってる?」


父の手が止まった。彼の表情が瞬く間に曇り、みるみるうちに青ざめていくのがミラにもわかった。いつも穏やかな父が、こんなに表情を強ばらせるのをミラは初めて見た。


「アンドロイド……?ミラ、アンドロイドをどこかで見たのか?」

父の声はいつもより少し強く、焦りが滲んでいた。


その様子に驚いたミラは、とっさに言葉を詰まらせ、嘘をついてしまった。


「見てないよ……ただ、街で誰かが話してるのを聞いただけ。」


その言葉にも、父の険しい表情は変わらなかった。むしろ、さらに真剣な顔つきになり、低い声で続けた。


「アンドロイドは、もし見たらすぐに誰かに知らせるんだ。絶対に近づいちゃいけない。わかるな?」


ミラは、その言葉に小さく頷いたが、心の中では違和感が残った。なぜ父はこんなに怖がっているのだろう?なぜアンドロイドに近づいてはいけないと言うのか。いつも優しい父の、見たことのない一面に、ミラは不安と戸惑いを覚えた。

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